第255話 方針をちょっと違う方に向ける

 ただ、それでもなお、腹立ちの方が上回ってしまったのだ。こちらが温情でルール変更を聞いてあげようというのに、隙あらば布石を打ってくる“神様”の抜け目のなさ、あるいはせこさにいらいらが募っている。

「ふうん、なるほどねー、そういう計算をした方がポイントはたくさん得られるんだ。気付かなかったなー……なんて言わないわよ。あなたの言う通り、私はあなたを誘導しようとした。それがギャンブルというものでしょう? そもそも私はあなたのギャンブルの腕前、駆け引きや気付きの能力、勘の鋭さを探るのが第一の目的なのだから、あれやこれやと罠を仕掛けるのは当たり前と思って欲しいわ」

「……分かった。理解した。いや、理解しているさ。今のペテン、気付かれたって、こっちは既に情報を一つもらっているのだから、ルール変更を受け入れるのはやっぱりやめにするとは言い出せないしな」

「言ってくれてもいいけれど、それだけ揉めて長引くことは間違いないわね」

 もう次の駆け引きが始まっているのだろうか。たいしたたまだと感心の域に入ってきた。

「神内さん、認めるよ」

「うん? 何の話だったっけ」

「練習で一回だけ投げるのは認める。その代わり、ボーナスポイントを減額だ。一回目が成功してもボーナスポイントはなし。二回目から2ポイントずつ加算で、六投成功のパーフェクトで10ポイント。この条件なら受ける」

「おー、ありがとね」

 神内は小さく拍手すると、サイコロ五つを新たに出現させた。手のひらに現れた小さな五つの正六面体が、机に転がされる。

 最初に出したサイコロとまったく同じに見える。が、念には念を入れるとしよう。

「練習のあと、その五つのサイコロを調べさせてもらう」

「当然の権利ね」

 神内は六つのサイコロをまとめて右手に取ると、左手には筒を持った。

「あ、忘れない内に言っておかなきゃ。このギャンブルであなたが最終的に勝った場合の特典をまだ決めてなかったわよね」

 そういえばそうだった。私が一番欲しいのは天瀬美穂を守るための情報だから、考える必要がないと思っていた。

「天瀬美穂さんの危機についての情報は、二つ出すのが精一杯かもしれない」

 サイコロを一つずつ、ゆっくりと筒に入れながら神内が話を続ける。

「何故?」

「まず、情報を出し過ぎると、果たすべき使命とは呼べなくなること。さらにもう一つ、不確定要素を含んでいることも忘れないで。あなた達の行動次第で将来何が起きるかは変化し得るのだから。仮に今、私が出した情報があとになって『違ってたじゃないか!』と文句言われても、それはあなた達の選択の結果であり、怒るのは筋違いよというわけ」

「正確さで劣る情報を得るよりは、他のことを賭け代にした方がお得だってことか」

「そうそう」

 五つまでサイコロを入れ終わった神内は、筒の口を上に向けたまま横方向に回すように振り始めた。しばらく乾いた音を立てていたサイコロ達は徐々に揃って行ったのだろう、音が小さくなった。

「六谷のために情報をもらっておく?」

「……」

 少し前までの私なら、その一択だったろう。しかし神内がもたらした新たな話のおかげで、気持ちが少なからず揺らいでいる。六谷のせいで天瀬に新たな危機が迫るかもしれないのであれば、わざわざ六谷のために情報を取ってきてやることもないのではないか。

 ほんと、絶妙なタイミングで、嫌な情報を寄越してくれたものだ。私はこの時代に送り込まれたときからのことを思い返し、何が一番必要かを考え直した。

「まだ決まらない? できたら練習の一投をやる前に決めて欲しいのだけれど。賭け代の中身次第で、本気度が違ってくるかもしれないから」

「――ああ、決めた。もし私がギャンブルに勝った場合、神内さん、いつでもあなたと話ができる権利をもらいたい」

「いつでも?」

 筒の動きを止める神内。

「だめなのか。あなた一人で完結することなんだから決められるだろう?」

「いつでもはきつい。本来、気軽に会えるものじゃないから。神が人の世界で姿を現すのは大変なことよ。夢の中だからこそ比較的簡単に会って話せているけれども」

「そういう事情があるのなら……私が眠りに就く前にそちらと話がしたいと望んだときは、出て来られるようにできるのかな?」

「それくらいなら。でも一日一回が限度だからね。昼寝のときも出て来てくれなんて言われても、対応できないからそのつもりで」

「分かった。この条件で勝負と行こう。それにしても今の言い種、負ける気満々の言葉に聞こえたが」

「ご冗談を。さあ練習の一投をやらせてもらうわ」

 再び、筒を振り始める神内。そういえばまだあの筒の中には五つしかサイコロが入っていないはずだと思い出した。残りの一個は、右手の人差し指と中指とで挟んでいる。

 その右手を筒のすぐそばまで持って来ると、サイコロの一の目が上になるように持ち替えた。と、おもむろに横回転を加えつつサイコロを放った。吸い込まれるように筒の中に六つ目のサイコロが入って行く。

「行くわよ」


 つづく

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