第256話 他の目とは出し方が違う
神内は筒をぐるぐる回しながら徐々に立てていき、やがて底が上になるまで立てた。サイコロは遠心力によって筒の内側の壁に押し付けられ、落ちてこない。
「どうかなっと」
自らの言葉で思い切るように、神内は筒を机の上に伏せた。六つのサイコロがきれいに重なった自信があるのか、筒の位置を微調整することもなく、そのまま手を放した。
「人間で言えば、うまく行ったらお慰みってところかしら」
筒に再び触れると、神内は真上にそっと持ち上げていく。
六つのサイコロは一つのタワーのように重なっていた。各面がでこぼこにならず、きれいに揃っている。その見事な様には、私も思わず「おお」と感嘆の声を上げていた。
「よかった。狙い通りだったわ」
神内は満足げに笑みを浮かべ、サイコロの塔を崩そうとする。が、触るよりも先に倒れてしまった。散らばったサイコロを集めつつ、鼻歌交じりに言った。
「これでだいたいの感覚は掴めたかな。逆転、行けるかもしれない」
彼女の自信ありげな言い種に、私は実を明かせば納得していた。というのも、相手の投げ方、振り方を見てそういう作戦だったのかと理解できたから。
先に五つのサイコロを筒に入れて振り始め、あとから残りの一つを特定の目を出せるような投げ方で、筒に投じる。この段取りを踏むことにより、一番上のサイコロの目をコントロールできるに違いない。
今さら投げ方にクレームは付けられない。だったらせめて他の枷を填められないか。物は試しに言ってみた。
「サイコロが積み重なっている時間について、決めておいた方がよいと思う」
「ああ、崩れないで塔の状態を維持している時間ね。確かに中途半端に崩れたらもめる素。それじゃあ、私が筒を持ち上げて六つのサイコロが見えた瞬間から三秒間でどう? 例のタイマーをあなたの頭の中に鳴り響かせてあげる」
あの音は苦手だが仕方がない。
「分かった」
「再確認しておくけれども、机に触れるのはなし。それからこの空間は、あなたがその場で飛び跳ねたって振動が机やサイコロに伝わることはないようにできているから」
「そんな小賢しい真似はしないよ。息を強く吹きかけるぐらいはするかもしれないがね」
「それも禁止」
冗談を真に受けられるとほんと、困るんだが。
ここでオンザロックでも飲んでいるシチュエーションであれば、氷の欠片を机の脚にかませておくなんていう小細工も考えられるのだが、あいにくと何の手立てもない。神内のミスを願うしかなさそうだ。
「予想は書いた?」
「そうか。すっかり忘れていた」
時間をもらってメモパッドに書き付ける。
A.一投目の出目は恐らく1以外だろう。先ほどの練習で1を出したので、確実に1は出せる自信を得たはず。何の目がでてもいい一投目のときに、他の目が出るパターンを試したいのが当然の心理だ。以前のように小さい順もしくは大きい順に目を出していく芸当も、今回はしまい。そこまでの余裕があるとは考えられないから。ということで1と2と6はなさそうだな……などと想像してみたものの、決定打があるはずもなく、結局は勘で4にした。
B.失敗するのは何投目かは、保険を掛ける意味で7にせざるを得ない。相手だって少なくとも五投目までは確実に成功させないと、現在の点差である8ポイントを得られないのだから、わざと失敗することはあるまい。
C.失敗したときの出目は、もう完全に運否天賦に任せるしかない。そう考えたとき、また一つ疑問が浮かんだ。これも確認しておかないと、もめる原因になる可能性がある。
「失敗したときの出目についてなんだが、サイコロのタワーが崩れてしまった場合、出目は何になるんだろうか」
「そうか、そういう場合も想定していなきゃだめなのよね。そのときは崩れてサイコロが全て止まった時点のそれぞれの出目すべてってことでいいんじゃないの。というよりも、それしかやりようがないでしょう」
「私もそう思っていた」
Cに関しては少し、こちらが有利ってことになる。崩れなくちゃ意味がないが。
「書き終わった」
私が予想の書き付けを伏せると、神内はすぐにサイコロを投じる態勢に入った。
「こういうのはリズムが肝心だと思ってるから。なるべく話し掛けないでちょうだい」
一方的に宣言すると、筒に五つのサイコロを次々に放り、そこから激しく左手を振った。
「……」
おいおい、ちょっと激しすぎるんじゃないか?と心配になるほどの高速である。いや、まじで目にも留まらぬスピードになってないか、これ? 筒や神内の左手が歪んで見えるんですけど。
神内の表情を窺うと真剣一色であり、何らかの意図があって“超高速筒回し”をやっているのは間違いない。
やがて、筒の中からミキサーを作動させたときのような音が聞こえ始めた。サイコロが砕けたわけではないようだが……。神内がこのタイミングで動いた。
なんと、彼女は筒を机に置いたのだ。底を下にしているからまだ投げ終わったということではない。依然として筒からは音が聞こえる。神内は神様らしからぬ焦った様子で、両手の平を揃え、最後のサイコロを載せると、筒の中にそっと入れた。
つづく
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