第228話 違う選択肢は多分ない

「あーあ、参った。先生には名案がある?」

 気を取り直そうとしてか、頭をガシガシかきながら六谷は聞いてきた。

「あったらすぐにでも言ってるよ」

「なぁんだ」

 体育座りの姿勢の六谷は背を丸くした。姿勢が悪いぞと注意してもよかったんだが、話の腰を自ら折るような気がしてやめた。

「正直言って、手を付けかねている。物事が起きるまでのスパンが長くて、不確定要素があまりにも多い。僕が元々あった天瀬さんとの将来を変えたくないのは分かってくれるだろう? 九文寺薫子さんに接触することで、何が何にどう影響を与えるか全然見えてこない内は、動きたくないのが本音だよ」

「じゃあ、先生の考え方としてはこのまま七年間待つのが今選べる最善の手段だってことだね」

「……そうなる」

 簡単に断定していいものかどうか自信が皆目ないため、返答がゆっくりになった。

「もうそろそろ帰らないと遅くなるな。最後に、無責任な想像だと思って聞いてくれるかな」

「また惑わせるようことを言うんだ、先生?」

「そう言うなって。九文寺薫子さんがこのタイミングで近くに現れるというのは、使命を果たすことにきっと何か関係があるんだと思う。六谷君や僕がそれに対して何もせず、座して待つだけでいいのか、それとも積極的に動くべきなのかが判断着かない。正解は分からないんだが、僕の心情としては君が九文寺さんと直に会うのには反対だ。よほどの名案が浮かんだら話は違ってくるが」

「学校交流はこのあとも続くんだよね?」

「ああ、そうだと聞いている。というか君の方が一度は経験した過去なんだから詳しいだろ」

「いや、正直さっぱり覚えてない。参加したんだったらともかく、その他大勢の方なんだから僕は。でさあ、九文寺さんがうちの学校に来ることだってあるわけ?」

「……すまん、分からない。あると思うんだが」

「曖昧なのか……だったら予防策として、九文寺さんと連絡先の交換をしておくのはどうかな」

「直に会わないのにか」

 おかしなことを言うなあと思い、相手を見る。六谷は左右に首を振った。

「違うよ。言葉足らずだったかな。僕じゃなくていいんだ。学校代表の誰かに頼んで、九文寺さんと仲よくなってもらえば同じことでしょ」

「――それってまさか」

 私が察したことに対し、六谷は前方の川を見つめたまま首肯した。それから私の方を向いて言った。

「そうだよ。天瀬さんに九文寺さんと友達になってもらうんだ」


 あとになって、九文寺薫子と連絡先を交換するのは、別に長谷井でもいいんじゃないかと思った。天瀬と長谷井の二人が、うちのクラスから代表に選ばれているのだから。

 六谷のやつ、長谷井が九文寺薫子に接近するのが心配だったのかもしれないな。小学六年生の中ではいい男スペックの揃っている長谷井に連絡先の交換を求められた九文寺が、万が一にも長谷井と付き合うようなことになるのを阻止したかった。だから天瀬の名前だけを出した……こう考えれば腑に落ちる。

 ま、そんなことを考えるまでもなく、女子同士の方が話し掛けやすい、連絡先の交換もしやすいだろうから、天瀬に頼むのがいいに決まっている。

「勝負とは言っても、交流行事の一番の目的は友好だからな」

 卒業写真夏バージョンを撮影する日、プールサイドでのこと。

 長谷井と天瀬の二人を、間近に迫ってきた交流行事について言っておきたいことがあるとの理由を付けて、呼び止めた。

「改めて言われなくても、分かっていますよ。別に喧嘩しにいくわけじゃないんだし」

 水泳キャップを手の中で弄びながら、長谷井が言った。一応記しておくと、私も含めてクラス全員が水着姿である。撮影は組番号が若い順に行われることになっており、今は二組に取り掛かっている頃なんだと思う。

「分かっていると言うくらいなら、友好のために何かするつもりでいるのかな、長谷井君?」

「えっ。いきなり言われても。何にも考えてないですよ。――なぁ」

 長谷井が斜め後ろを向いて、そこに立つ天瀬に同意を求めた。

「う、うん」

 天瀬は短く返事すると俯いてしまった。

 ……長谷井の目を意識しているな、どうやら。堂園が言っていた通り、告白待ちの状態にもうなっているのか。それとも単に、水着姿を間近で見られるのが恥ずかしいだけか。多分、両方な気がする。

 ちなみに以前言及したと思うが、この時代、この学校の指定水着はいわゆるスク水のみで自由度はなし、ラッシュガード等を重ねて着用することも許されていない。後のことを思うと、時代の変化をまざまざと感じる。

 変化と言えば、このところ天瀬の身体付きもちょっとずつ変化しているらしく、異性の目を意識するのは分かる気もした。

「天瀬さん、どうしたの? 何か顔赤いけど」

 長谷井が眉を寄せて、心配する。鈍い奴だな。いや、ひょっとするとわざとか? わざと気付かないふりをして、優しく接する作戦……。草食系を装った肉食系男子ってのはたちが悪いぞ。

 堂園にそそのかされて?天瀬に告白しようと考えているのなら、じわじわと確実に攻略しようなんて考えずに、さっさと言った方が天瀬のためにもなる。天瀬美穂の将来の夫が許すと言ってるんだから(言ってはない)。


 つづく

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