第227話 思いの違いをすり合わせ

 明らかにいらいらを募らせる六谷に、私はなるべく穏やかな調子で伝える。

「それだけ微妙な判断を要するってことだ。最終的には君自身が決めることでもあるからな。その微妙さを分かってもらいたかった」

「……仮に今の時点で九文寺さんに話し掛けるとして、それで何をどうすればいいのやら」

「話し掛けるのなら、まずきっかけがいる。九文寺さんと会うきっかけがね。その場合は君が交流行事に着いてくるか、いっそ強引に我が校のメンバーを交代させることになりそうだ」

「今度の交流行事ってディベートだっけ。高校生なんだから、小学生の中に混じればしゃべりで簡単に無双できるんじゃないか。能力を示してメンバーチェンジ。無理かな」

 希望的観測だな。小学生相手だからと言って、ディベートで勝てるとは限らない。そもそもがこの土壇場でメンバーを交代させるなんてこと自体、絵空事、机上の空論というやつだ。病気か怪我にでもならない限り、交代はあり得ない。

 だけど、今は六谷の希望を断たないことが優先だ。彼が己の使命のために何をやるべきか、自分自身が考えることが最も重要な気がした。

「そうやって状況を整えて、話し掛けて、そのあとはどうするのがいいと思う?」

「……九文寺さんを助けられる確率を高めるには、彼女と今から親しくなっておくのがいいのかもしれない」

「理由を聞こう」

「九文寺さんに一日でも早く僕を信じてもらう、これが一番大切で必要なことじゃないかと思ったんだ。早ければ早いほど信頼が深まって、僕が地震と津波が起きるからと説得したときに、信じてくれる」

「そうすると、君が一度体験したこれから二〇一〇年末までの出来事が変わるかもしれない。それは平気なのかい?」

「変わらないでほしいのは、言うまでもないでしょう。その上で九文寺さんを助けるために最善を尽くすと決めているから、ちょっと変わるくらいなら仕方がないとしか」

 私の言い方がちょっぴり気に入らなかったのか、六谷は不満げに唇を尖らせた。当たり前のことを聞くなといったところか。だが、こちらとしては彼がどこまで事態を掴んでいるのかを確かめておく必要がある。仮定の質問にもう少しだけ付き合ってもらうとしよう。

「二〇〇四年の段階で九文寺さんと知り合うということは、高校生時点での出会いは確実に影響を受けるんだぞ。それでもかまわないと?」

「いい方に変わるんじゃないかと思っている」

 楽観的に過ぎる。いや、私だって天瀬とのことならそういう風に思い込んでしまうかもしれない。一応、どういう風に変わると思い描いているのか聞いてみると、六谷は鼻の下をひとこすりしてから答え始めた。

「今、九文寺さんと知り合っても、付き合いがずっと続くわけではないじゃん」

「だろうね」

「次に会うのは多分、元々の歴史通りだと思うんだ。つまり、高校生になってから。そうしたら三年ぶりぐらいになる。感動の再会とまでは言わないけどさ、運命的なものを感じるんじゃないかなあ」

「なる、ほど……」

 とことん都合よく考えるのは、若さの特権かもしれない。一度目よりも三年早く知り合うことでそのあとの流れが大きく変わる可能性には目を瞑り、最もいい形を想像する。悪いとは言わない。ただ、第三者の私としては、その改変に私や天瀬その他大勢が巻き込まれる可能性も考慮せざるを得ないわけで。できる限り穏便な方法を探るように仕向けたい。

「仮定の積み重ねになるが、仮に今度の交流行事で彼女と知り合ったとしよう。六谷君はいつ、災害のことを九文寺さんに伝えるつもりでいる?」

「それは……とりあえず今のところは何も言わないか、仄めかす程度だろうなあ。どんなに真剣に言ったって、まともに受け止めてくれる可能性は凄く低いに違いない。それか、七年後のことなんて現実味や切迫感がないから、冗談にしか思われないかもしれない」

「では、はっきり警告の形で伝えるとしたら、いつのことになるんだろう?」

「う……」

 気が重くなってきたのか、わずかに呻いて考え込む様子の六谷。膝頭に両腕を乗せ、そこへ頭をうずめるようにして。口の中でぶつぶつ言っている。一分近く経って、ようやく顔を上げた。

「うん。やっぱり高校三年になってからかな。宮城に行かせないためには、彼女が進路を絞り込む時期に、僕が口を挟むのが一番いい、というかそれしかない気がする」

「高三で忠告するのなら、今九文寺さんと知り合っておく意味はあると思うかい?」

「――」

 虚を突かれたみたいに六谷は目を大きく開いて、しばし固まった。

「今から知り合って、信頼されるようになっておいて、三年後に劇的な再会を果たし、運命を感じてもらったところで警告を出す。そこまでうまく行くだろうか。綱渡りのような芸当だ」

「……うん」

「警告を聞き入れてもらえるかどうかでさえ、あやふやだ」

「だよね」

 高揚していた気持ちが収まってきたのか、新鮮だった菜っ葉が萎れたみたいに勢いがなくなる。元気をなくすのはよくないが、冷静になるのは歓迎だ。


 つづく

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