第443話 おまえは今まで脱いだ服の数を覚え(違う

 それって脱衣カルタ? まさかそんな。いくら何でも。ここには私と神内さんしかいなくて、神内さんは女性の神様でしょうけど、でも、それにしたって。

 動揺が止まらない。手が勝手にわなわなしてきちゃった。何か言おうとするのだけれども、まとまらず、「あの、その、それって」をおまじないみたいに繰り返し呟くことしかできないでいた。

 と、そこへ突然。

「――うふふふ」

 神内さんの笑い声が耳に届く。神様にそのつもりがあったかどうかは知らないけど、私はこの笑い声のおかげでちょっとだけ冷静に戻れた。言いたいこと、聞きたいことがやっとまとまる。

「な、何ですか。脱衣ルールがそんなに楽しみなんですか?」

「え、違うわよ。そういう趣味じゃないから。あなたの反応が正直に出ていると思って、とっても愉快になっただけ」

「そ、そりゃあ出ますよっ。いきなり、そんなルールを言われたら。だいたい、勝負に関係あります? 脱がなくたってカウントしたらそれで充分――」

「あー、さっき言ったことは嘘だから」

「えっ?」

 しれっと言われても、簡単には飲み込めない。

「だから、今話したルール説明は真っ赤な嘘。あなたの反応を見るための一環で、私がついたお茶目な偽ルールよ」

「お茶目って……」

 頭痛がするでもないのに、額を押さえた。そうせざるを得ないじゃないの、こんな……ううん、だめだめ。冷静にならなくては。深呼吸、深呼吸。

「駆け引きのためなら、嘘も交えてくるんですね」

「もちろん。でもそんな一方的に、責めるような視線を向けられるいわれはないと思うんだけどな」

「どうしてですか、嘘ついておいて」

「少なくとも今の偽ルールに関して言うと、見破れるようになっていたでしょ」

「見破ることができる? そんなばかな」

「決め付けないで、思い返してみて。天瀬さんなら分かるんじゃないかしら。まあ、これも私があなたを測るための問い掛けみたいなものだからね。分かったとしても正直に答える必要はないわ」

「いえ、悔しいので真剣に考えて、正直に答えます。見破れるポイントがそれでも分からないときは、教えてくれますね?」

「ええ」

 神内さんの言葉を素直に受け取り、思い返してみる。一枚取られる度に服を脱ぐと言うルールが嘘だと見破れる鍵が、どこにあったのか。

 対決のベースはカルタ、百人一首。まだ具体的には何も聞いていないのと同じだから、手掛かりはここにしかないような……。

「あっ」

 分かったかもしれない。嘘と気付けるポイントは、堂々と目の前にぶら下がっていた。こんな単純で、ある意味ばかばかしい理屈でいいのかしらと心配になるくらい。

「分かったみたいね」

「多分……神内さんの言う百人一首って、競技カルタですか」

「一応、それを念頭に置いていたけれども、答の本質には無関係よ」

 それもそっか。まあいいわ。聞いた手前、この流れのまま答を続ける。

「実際の競技カルタでは札を百枚も使いません。半分の五十枚。それでも着ている服の枚数を圧倒的に上回る数の札を使用しますよね。具体的には二十五枚取った方の勝ち。だったら、一枚取られるごとに一枚脱ぐなんて、非現実的だわ。靴下やハンカチを含めたって、二十五も身に付けてはいない。そこが嘘と気付ける手掛かりだったんですよね? いや脱ぐ物がなくなったら皮を剥いででも、と言われるんでしたらどうしようもありませんけど」

「いえ、そこまでは言わないわ。ご名答よ」

 ぱちぱちと乾いた拍手を送ってくる神内さん。

「あんまり嬉しくないです。こんなことやってる暇があったら、勝負のルールを言ってください」

「はいはい。ベースは百人一首だけれども、用いる札が特別あつらえになるわ。例として、一枚見せてあげる。あくまでも一例であって、実際の勝負には使わない物よ」

 神内さんが右腕を手のひらを上向きにして、すっと前に伸ばす。その様子を注視していたのだけれども、一瞬にして彼女の右手にカルタの札が一枚現れた。

 黙って差し出されたので、こちらも黙って受け取る。

「……これ、小倉百人一首の歌じゃありませんよ。というか、歌ですらないです」

 “犬も歩けば棒に当たる”とあった。茶色いロン毛の犬が、十二単らしき着物を着てしなを作っているイラスト付き。

おもてのも例だから。さっき私が実際の勝負には使わないと言ったように、この例で百人一首の歌を使うと、本番では使えなくなる。一枚抜くのが面倒だから、代わりにね。それよりも肝心なのは裏よ」

「裏」

 言われるがまま、裏返してみる。普通のカルタなら何も書かれていないはずの裏面に、文字があった。私は一度黙読して首を傾げ、次に声を出して読んでみた。

「『天瀬美穂 十二歳の誕生日を迎える』……何なんでしょうか、これ?」

「二〇〇四年に起きた出来事の一つ、でしょ」

「ああ……」

 現在の歳を意識して、変な呻き声を漏らしてしまった。もうあの頃の倍以上暮らしてきたんだわ。慨嘆すると同時に、とあるエピソードも脳裏にまざまざと甦ってきた。

 それは岸先生が私に言ったこと。“この年に起きた出来事の一つ一つを、なるべく覚えておいて欲しい”……そういう旨の言葉を掛けられたんだっけ。


 つづく


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