第478話 場違いな出来事が一つ
「尤も、私達神の立場だと、見えない文字だって見ようと思えばいつでも見られるようにできるから、サングラス一つで読めるようにする方法はないかなんて、髪の毛の先ほども考えない。発想の埒外ってやつね」
負け惜しみの言い訳だ。しかしそんな神内の台詞を、天瀬は正当に評価した。
「確かにそれはあると思います。それに、一度考え始めたら、たちまちの内に正解に辿り着いたみたいじゃありませんか」
「まあね。なんとかの卵と言うんだっけ、こういうの。人間の名前絡みの言い回しはあまり覚えてないのよ」
「コロンブスです。クリストファー・コロンブス」
「そうそう、それ。サングラスを二重にするのに拘らずに、レンズを二枚重ねにすればいいと気付いたら、あっという間に分かる。おまけに、このサングラスは耐久性を重視した造りだから、フレームのどこを折り曲げても壊れないし、手を離せばきれいに元通りになる」
神内はそう答えてから、手にしていた第三のサングラスを、真ん中からパタンと二つ折りにした。モノクルのようにして、自らの目にあてがう。
「これで見えるように……あら? 見えないみたいだけど」
「あ、それじゃだめです。レンズの表と裏があって、表同士、もしくは裏同士を接する形で重ねても、文字が見えるようにはならないみたいです。私も最初、焦りました。思惑が外れた!って」
「あ、そういう……」
自分で作り出しておいて、そこまでの特性は理解していなかった神内であった。
「じゃあ、この真ん中でひとひねり、いえ、半ひねりしてから、重ねる必要があるわけか。――ああっ、ようやく見ることができた」
神内が得心が行くのと同時に、クーデ君がタイムアップを告げる。
神内と天瀬はお互いにサングラスを手放し、目を見合わせた。
「タイミングがちょうどよかった。答合わせと行きましょうか。あなたの取った札の中に、迷う出来事は一つだけだったみたいだけど、結果はまだ分からない」
「ええ。自分についてのことなら、自信がありますから。たとえ正確な日付は記憶になくても、おおよその順番なら自然と覚えている。それで一つ、お願いがあるんですが」
「この土壇場に来て何?」
「パーソナルな事柄には、恥ずかしいものも結構あるので、一つ一つ読み上げるような方法は取らないでほしいんですが……」
「恥ずかしいって、たとえば、初潮――」
「それです!」
耳を赤くして素早く叫ぶように言う天瀬。神内は肩をすくめて「別に気にするようなことでもないんじゃない?」とのんきに告げた。
「この場には私達しかいないんだし、元々私は知っていることなんだし」
「それでも、嫌なものは嫌なんです」
「しょうがないわね。味気ないけど、パーソナルな部分に関しては目視による答合わせでいいわ」
天瀬からサングラス二つを返却してもらい、今度は自分に掛ける神内。天瀬の置いた札をざっと見て、チェックする。
「……読みづらい」
その一言だけで察したらしく、天瀬は「あ、すみません」と言って、立っているその場を飛び退いた。
「そちらからだと、上下逆さまですよね。こちらへどうぞ。気が利かなくてごめんなさい」
「謝ることではないでしょうに」
苦笑いを禁じ得ない神内。とにもかくにも、読みやすい場所に移動し、答合わせを急ぐ。
(ふむ。さすがに自身の事柄はすべて合っているわね。十五年前だろうと何だろうと、印象に比較的強く残っているであろうエピソードばかりチョイスしてあげたはずだし。その観点から言えば、初潮だって親切のつもりだったんだけどな。そんな中で、外れる可能性があるとしたら――)
その事柄が記された札が、天瀬の取り札の中にあるのかどうか、目を走らせる。
(あった。『九文寺薫子と初めて会う』。これ、本来のルートにはなかったけれども、六谷や貴志道郎の行動・選択によって、会うことになった。そして現時点においてでもまだ確定には至っていない出来事であるから、ひょっとしたら記憶が充分に固着していないかもしれないと想像していた、けれども)
問題の札を見付けた時点で、その想像が外れたことを把握していた。札は正しい順番で置かれている。
(確定したとは言えなくても、しっかり記憶に残っているみたいね。さて、こうなると、勝負の行方はやはりパーソナルではない、パブリックな事柄の方に)
札を見ると、天瀬とは関係のない公的な事柄は合計三つあった。『実況で栄光の架け橋が架かったとき』『スマトラ島沖地震』、この二つは分かり易いはず。
(なかなかの運のよさじゃないの。持ってるわねえ。だけど、残りの一つは私も知らないことだわ)
ある程度恣意的に選んだ天瀬美穂のパーソナルな事柄と違い、公的な事柄は世界規模で報じられたニュースの中からほぼランダムに選んでおいた。だから当然、神内ですらよく知らないネタが含まれ得る。
(『米国サンディエゴで原子力空母ニミッツ及び配備戦闘機乗員が未確認飛行物体現象を目撃・撮影』って、何これ?)
つづく
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