第354話 またも見た目と違ってた

 実際、母娘で仙台へ、父親に会いに行ってくれているのなら、しばらく戻らないだろうから杉野倉のスカウト話も急速には進まないことが期待できる。が、仙台に行っているなんてまずあり得ないのは、私自身がよく分かっている。もう少ししたら父親の方がこちらに帰ってくることになっているのだから。個人面談に夫婦二人での参加も認めている。

「単身赴任? どこに赴任されているのか、聞いても教えてくれないでしょうね。個人情報だから」

「ええ、申し訳ないが」

 細かいことを言うなら、父親が単身赴任している事実を明かしたのも個人情報の漏洩に該当するのだけれども、枝葉末節を気にしていたら会話が成り立たなくなりかねないので、ある程度はやむを得ないものと割り切らねば。

「いえ、かまいやしません。さあて、これでできることはやったので戻ります。ご縁があったらまた」

 結局、何ら有効な手を打てないまま、杉野倉を見送るしかなかった。


 自宅アパートに帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 出発したときの目的とは異なる事態に出くわして時間を消費し、当初の問題(渡辺弟らの件)がまったく解決を見ない内に、新しい問題を抱える羽目になったのだ。疲労感を強く覚えても無理ないだろう。

 さらに私を落ち込ませたのは、杉野倉に言った嘘がばればれだったんじゃないかと思い当たったこと。天瀬母娘が単身赴任している父親のところへ行ったのかもしれないというのがその嘘だが、杉野倉からすればさぞかしおかしな台詞に聞こえたに違いない。母娘が長期間不在だと承知しているのなら、担任たる私は天瀬家に何の用事があって出向いたのかとなってしまう。プリントか何かを届けに来た線が考えられるだろうが、郵便受けをちらっと覗き見ればそれもあり得ないと分かるわけだし。

 夕食の準備に取り掛からなければいけない時間になっていたが、しばらく身体を動かす気力が湧かないでいた。

 ごろごろしていた私を起こしたのは、一本の電話。誰だろう、よっぽど吉報でないと長話するのもしんどいぞ、不要な勧誘だったらガチャ切りしてやる等と想像をしながら送受器を取る。

「あ、岸さん、おられましたか」

「――刑事さん」

 すぐには分からなかったが、三森刑事の声だった。

「ちょっと出掛けていました。何か」

「以前、私が漏らした独り言に関して、ちょっと」

 三森刑事の独り言といえば、渡辺弟及び坂田に関する情報だった。進展が――悪い意味で進展があったのだろうか。電話を握る手に力が入り、汗を帯びるのを感じる。

「何かあったんですか」

「いや、何と言えばいいのか、普通はこんなことしないんですが。独り言をこぼした手前、アフターケアをしておかねばまずいなと思ったものだから。何せ岸先生、正義感がお強いですし」

「え?」

「ほら、あれ。身体を張って生徒さんを守ったことですよ」

「ああ……」

 あれは正義感なのかな?

「それを思うと万が一にも、渡辺卓夫及び坂田正吉両氏に対して先手を打つとか、そこまでは行かなくても私生活を調べ上げるとか、そういう防御手段に先生が出られる可能性があるなと」

 いや、そもそも三森刑事の方が自衛してくれというニュアンスで、情報を漏らしてくれたのではなかったか。それを今さら否定するような話をされても……。

「刑事さん。奥歯に物が挟まったような言い種はやめて、簡潔にお願いします」

「分かりました。卓夫にしても坂田にしても、渡辺と今さらつるむようなことはないというのが、警察としての結論です」

「はい? つまり……その二人が渡辺のために、僕や天瀬さんに危害を加えることは考えられないという意味でしょうか」

「その通りで」

「それは……ありがたい話ではあるけれども、どうしてもまた? 話が正反対じゃないですか」

「あの電話のあと、時間を見付けては卓夫達について調べていたんです。あっ、川崎の方は越境になるので、神奈川の親しい仲間に頼んだんですが。それで分かったのは、卓夫も坂田も昔は少々おいたが過ぎたことはあっても、今現在は渡辺とはつながりが切れている、それどころか疎ましがっている節がはっきり見られました。傷害事件を起こしたことで、縁を切りたがっていると。すでに両名ともいい歳で、家庭を持っており、仕事も順調と来ればよほどでない限り、犯歴のついた男のために復讐を果たそうなんて考えないでしょう」

「理屈では分かります。が、坂田はともかく、卓夫は弟なのだからそういう計算を超えた、情みたいなもので動くこともあり得るのでは」

「それがああ見えても――っと、岸先生は渡辺卓夫の容貌をご存じないんでしたね。簡単に言えば、恐ろしげなタトゥーを入れていても、真面目で温厚な人柄だということです。仮に兄弟一緒に暮らしていて、兄が悪事を働こうとしていたら必ず止めるタイプといいますか」

 要するに……以前漏らしてくれたのは、本当にまだ入手してあまり間が経っていない情報だったのかな。渡辺弟にしても坂田にしても若い頃にやんちゃしていたのだろう、警察に色眼鏡で見られる要素を有していた。そのためとりあえず渡辺の周辺にいる危なそうな奴としてリストアップされた。が、マークして調べる内に、現在は悪いことに手を染めるような人間ではなさそうだと分かってきた……こんな感じか。何にしても人騒がせな。


 つづく

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