第440話 ガールズトークとはちょっと違う
神内さんは一瞬、鼻白んだようにも見えたけれども、すぐにさばさばとした口ぶりで答えた。
「まあね。私“個神”について答えるならば、分からないことくらいいくらでもある。全知全能の神ともなればたいていのことは知っているか、知識を総動員して正しく推測できるのでしょうけど、私はああいうんじゃないから」
「よかった」
本気でほっとして、笑みが勝手にこぼれる。
「よかったって何が?」
「神様と記憶力で競うなんて、夢の中だとしてもあまりにも無謀だわって絶望してたんです。でも、今の話を聞いて、私にも全然勝ち目がないわけじゃないんだなと思えました。それで、よかったと」
「――ふふ、言うわねぇ。それくらい言ってくれないと、私も本気を出しづらいと思っていたから、ちょうどいいわ」
「本気を出しづらいって、手加減してもらえそうな理由が、何かありましたっけ」
「ん、まあ、ちょっと。あんまり言うと因果関係のもつれがよりこじれるかもしれないのでアレなんだけど、あなたとあなたの将来に関わることを、こちらの都合で巻き込んでしまっている事実には、私に負い目がなきにしもあらずかな」
「将来……」
将来と聞いて、真っ先に結婚のことを思い浮かべた。道郎さんが交通事故で大けがを負ったのと、何か関係がある?
気になり始めると止めどがなくなって、心の大部分を占めてしまう。今にも勝負が始まろうかというのに、これではいけない。かぶりを振って、無理矢理にでも頭の中から追い出した。
「何にしても見づらいでしょうから、必要だと思ったら使って」
私はサングラスを開き、掛けるポーズを取ったところで止まった。
「……きしさんから言われたので聞きますけど、これには何の細工もしてありませんよね?」
「ええ、してない。何でそんな風に考えたのかしら。岸先生からの忠告を素直に受け取っただけ?」
「いえ。それも当然ありますが」
一旦、言うのをやめて、空間をぐるりと見渡す仕種をした。
「この空間を用意したのは、神様でしょう?」
「もちろん」
「だったら、このような真っ白けで眩しい空間を敢えて用意した意味が、何かあるのかなと思って。ぼんやりとですが考えていたら、神内さんがサングラスを使わないかと持ち掛けてきた。これはサングラスに何か仕掛けが施されているかもしれないと勘ぐるのは、ごく当たり前の思考じゃありません?」
私の推測に、神内さんは目を白黒させて、さらに何度か大きく瞬きをした。
「思った以上にロジカルに考えるのね。そりゃあ、手強いわ。ただ、今の話に関して言えば、あなたの想像は穿った見方というものよ」
「外れですか」
「ええ。証明のしようがないから信じてもらうほかないのだけれども、サングラスに仕掛けはないし、対決の場を白い空間にしたのにもたいした意味はない。強いて言うなら、何も記憶していない真っ新な状態の象徴、ぐらいね」
「なるほど……カルタをするんでしたら、普通に和室でよかった気がしますが」
「当然、畳は用意するわ。あ、天瀬さん、その衣装だと座りにくいようなら、私と同じ傾向の衣装にチェンジできるわよ」
「そういえば」
花嫁衣装のままだったと、今さらながら気が付いた。ある意味、この白の空間にふさわしいのかもしれないな。なんてことを思いながら、ドレスの白をじっと見つめていると、いよいよ目がしょぼしょぼしてきた。サングラスを掛けてから、
「じゃあ、お言葉に甘えます。お色直しをしたいです」
「お色直しと来たか。えーっと、日本でもサムシングブルーの風習はあると思っていいのかしら。全体に青系統の着物にするか、青のワンポイントを付けた暖色系にするか」
「お任せします」
神内さんも女なんだなあと思いながら、軽く
ちなみに彼女の着物は紫がメインで、多分、神様としての高貴さを表しているんじゃないかなと思う。
「そうだ、神内さん。昔ながらの魔女っ子アニメの変身シーンみたいなことにはなりませんよね?」
「ならないならない。一瞬で――ほら」
苦笑交じりに神内さんが私の方を手で差し示す。見下ろすと、自分の着ている服が青系統の絣らしき物に変わっていた。左の前頭部当たりにちょっとした抵抗を感じて手を持って行くと、髪飾りも付いていた。外して確認すると、そちらも青。瑪瑙かな?
「任されたので、全部青っぽくしたわ。サムシングブルーは本番の結婚式でやればいいでしょ」
「はい。これはこれで何かだ涼しげで、いい感じだし、仕掛けは何もないようだし」
気に入って、思わず笑みがこぼれる。
「喜んでもらえたようで、私も気分がいいわ。……それなのに、こちらの厚意をいちいち歪んで受け取るよう差し向ける、あの男ときたら、まったく……。天瀬さん、あなたにはふさわしくないかもよ?」
「え……っと。それってやっぱり、きしさんの話は本当で、あの人の中身は道郎さんだってことですか?」
また心が乱されるとは思ったけれども、聞かずにはいられない。神内さんはにまにましつつ、片手で口を覆った。
つづく
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