第201話 この時代にない言葉を検索しても違反じゃないよね
紆余曲折を経て最終的に決まったのは、輪っかを作るという大もとの案。大山鳴動してなんとやらだが、これには但し書きが付いており、別の案である五輪マークをやってみて、しょぼさが感じられなかったら五輪の方を採用するという方針が固まった。
とまあ、話がまとまったのはよかった。私自身は途中から気もそぞろになっていたのだが。
何故って、六谷との話し合いが急激にクロースアップされたから。
二〇〇四年に来た当初から、たまにやらかしそうになるミスがある。
それは、未来の出来事について検索して調べようと考えてしまうこと。一度ならず、何度も繰り返してる。
二〇〇五年から二〇一九年七月頃までの出来事を、詳細に覚えているはずもない。普段は大雑把に何となく分かっているだけでも何ら問題はないのだが、希に詳しく知りたくなるケースが出てくる。
それが六谷自身のことに当てはまりそうな気がするのだ。
私は無駄だと分かっていながらも、何か表示されるんじゃないかと期待して検索したくなる。“東日本大震災”と。
日曜日が来た。
のちに約束した待ち合わせ時刻の午後一時よりも十分早く、六谷直己はやって来た。アパートの外で立ち話から始める。
「ごめん先生。両親がついでに送って行ってやるって言うのを断り切れなくて。先生と会って面倒な挨拶をしないのならっていう条件で、車に乗って来たんだよ」
「早く来たのは別にかまわないのだが、おまえ、帰りはどうするんだ?」
当然、自転車はない。
「タクシー代もらっちゃったよ。両親、特に母親がご機嫌でさ。今ならたいていの物は買ってもらえそうだった」
きししと、子供らしい笑みを見せる六谷。
「ほんとに買ってもらえばいいんじゃないのか」
「いや、無理。考えてもみてよ、岸先生。健全な高校生男子がいきなり小学六年生に押し戻されて、一番我慢できなくなるものってなーんだ?ってね」
「……」
考えた。そして分かった。うんうん、私も別の形ではあるがこの時代に来た当初考えた。
それにしても精神はそのままで、身体だけ子供に返った場合、性欲はどういう形で現れるんだろう……。
「ちなみにだが六谷君、家庭でのネット環境はどうなんだ?」
「ほぼ自由に使えるけれども、年齢制限掛かってるよ、もちろん」
「親父さんのをこっそり使うとか」
「ばれるよ。というか、それ以前に使わせてもらえないね。部屋には鍵を必ず掛けるし、パソコンにもパスワードが設定してある」
それはもしかすると親父さん自身、家族に知られたくないサイトを見ている可能性がなきにしもあらずだが、余計なことにまで口出しはするまい。
「アダルト以外で欲しい物だってあるだろ」
「なくはないけど。お笑いライブのチケットとか。ただ、うちの両親がお笑いに目覚めるのはもう少し先のことなんだよね。だから今おねだりしても難しいかもしれない。小学生の身じゃ一人で行けないし」
「なるほどな。僕が先生じゃなくて、親戚のおじさんか何かなら、付き添いで行ってやるんだが」
「わぉ、どうしたのさ先生? 今日は何となく変だよ。両親思いの僕に感動したとかじゃないでしょ」
本気なのか冗談なのか、目を丸くして聞いてくる六谷。
「感動なんてするか。未来の話をするために、結婚記念日にかこつけて両親を遠ざけただけじゃないか」
「はははっ、確かに」
快活な笑い声を立てた六谷は、アパートの方を見た。
「それじゃお邪魔していい?」
「それなんだが、話す場所は考えた方がいいかもしれないな。うちのアパートの壁、そんなに厚くはないんだ。防音されていることになってるんだが、念には念を入れた方がいいと思う。お隣さんだってそこそこ訪ねてくるし、以前の事件の関係で刑事さんが急に来ることだってないとは言い切れない」
「そっか。だったらどうするの」
「賑やかな店……ファミレスかカラオケボックス、ボーリング場辺りを思い浮かべたんだが、さすがにカラオケは教師と児童が入るのは、知り合いに目撃された場合に問題になりそうなのでやめとこうか」
「ファミレスでいいよ。かなり長くいられるし、好きなときに飲み食いできるし。って、先生がおごってくれる? 小学生のお小遣いでは厳しいよ」
「三時のおやつレベルならいいとも。じゃ、場所はファミレスに決定だな。あと今日一日、ご両親から君か僕に連絡を取ろうとする可能性は?」
「あると思うけど、何でそんなこと気にするのさ」
「ご両親が僕の部屋の電話に掛けてきたら、まずいだろ。こっちは不在で出られない訳だから、不審がられる」
「あ、そうか。だけど心配いらないよ。ほら」
ポケットをごそごそやって、六谷はキッズケータイらしき機種を取り出し、見せてくれた。
「懐かしすぎて、使い方を思い出すのにちょっと苦労したんだ」
徒歩で行ける範囲のファミリーレストランに入り、二人ともドリンクバーを注文した。他にも食べ物を頼むかと六谷に聞いたが、昼飯を食ったばかりだから入らないよと言われた。それもそうだ。
今日は――今日も気温が高い。私も六谷も冷たい飲み物をグラスに入れて、元のテーブルのシートに収まった。
「いただきます」
お、ちゃんと感謝の意を表せるのか。感心感心。私も同じようにした。
「では早速だけど先生、質問するよ」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます