第375話 よくあるおとぎ話とは違うけど

 と、詮無き妄想に浸っていたのは三十秒ほどか。自分もさっさと寝床に入りたい気持ちもあるにはある。色々とありすぎて忘れかけていたが、当初は早く眠って神様を呼び出す気でいたんだ。死神が六谷だけでなく、天瀬の夢にも現れてちょっかいを掛けてきたのはルール違反だろうと、神内に抗議するつもりだ。

 でも天瀬がここへやって来て以降、予定が大幅に変わってしまい、やっておくべき仕事がまだ手付かずで残っている。天気の推移も気になることだし、音を絞った状態でテレビをつけ、仕事をするとしよう。


 小一時間ほど経った。天瀬がすぐそこで寝ているのが気になって、仕事を片付けるのに思っていたよりも手間取ってしまっている。あと一踏ん張りというところまできて、今は軽く休憩だ。ニュースに目をやると、天気はもう明日の朝まで回復の気配がない。その一方で、川から溢れた水は一時的なものであり、すでに大元は土嚢をさらに積むことで防げているらしい。

「何か、できすぎだな」

 思わず呟いていた。今度の天候急変並びに水害って、まるで、この部屋に天瀬を泊まらせるために起きたみたいじゃないか。自分達を中心に世界が回ってる訳じゃあるまいし、そんな馬鹿なことあるはずないのだが。

 しかし、疑問もあるにはある。すでに考えたことだが、自分が小学六年生のときにこんな自然災害が起きていた記憶が全くない。いくら小規模とは言ったって、ちょっとくらい覚えていていいだろうに。まさか、未来から来た私や六谷の行動が原因で、天候まで大きく変わったなんてのは、さすがにないだろうし。

 そこまで考えを巡らせていると、別の線に思いが至った。

「もしや」

 最初だけ声にして、後は心の中で続ける。

 この状況は、神様の演出によるもの?

 ないとは言い切れない。逆に大いにありそうな気がしてきた。

 だが、仮に想像が当たっているとして、何のために?

 すぐさま勝負を始めたいんだとしても、わざわざこんな手間を掛ける必要はない。予定より早まった、予告する余裕がなかったと言われたら、私達の側は抗議の声こそ上げるだろうが最終的には変更を飲まざるを得ないんじゃないか。

 他の可能性も浮かばないが、死神の意向が働いている可能性は高そうだ。なかなか陰険な奴のようだし、神内との間に交わした約束も自分には関係ないとばかりに無視してくるみたいだ。ということは、このあと眠ったら、私の夢の中に死神が登場して何だかんだと仕掛けてくる?

 でもおかしいな。死神がそういう風に私に対して仕掛けてくるのは、いつでもできるはず。天瀬をここに泊まらせる件との関連が見えない。

 だとしたら……何だ?

 私が首を傾げていると、そこへ天瀬の声が届いた。反射的に振り返る。寝言ではない。「ううぅ」「あっ」というような短く断片的な呻き声だ。心なしか、呼吸も若干速くなっているような。そして何より、彼女の寝顔に変化が現れている。目を力いっぱい閉じているように見えた。さっきまでの安眠からはほど遠い、辛そうな表情をしている。

 ――そうか。ひょっとすると、死神の奴、私にこれを見せるのが目的か?

 苦しむ天瀬の寝姿を目の当たりにした私が動揺して、恐怖を感じるなり、勝負を降りるなりすれば思う壺ってことか?

 そっちがそのつもりなら、私も応戦せねばならない。

 まずは天瀬を起こして悪夢から逃れさせて、そのあと神内なり死神なりに、相対すべく、私は布団に……うん? 天瀬にはその間、起きといてと頼むことになるのか。小学六年生の子を寝かさず、大人の私だけ寝るのって、まずいような。

 天瀬に事情を一から説明して、理解してもらうには時間が足りないだろうし、そもそも理解できようができまいが、死神に会わないようにするためにはずっと眠らずにいるのが唯一の方法であろう。

 天瀬はこのままにして、私も眠って、神内を呼び出すのはどうか。

 死神も私の夢の中に現れるんじゃないか。そうしたら天瀬の見ている夢からは、死神がいなくなる……?

 世界有数のテーマパークのシンボル的人気キャラクターは、世界に一人しかいませんと言いつつ、各地にいるらしいけれども、死神はどうなんだろうか。

 我々の、というか六谷の件に関与している死神が一人だとすれば、私の夢に出ている間は、天瀬の夢から姿を消さざるを得ない。この理屈が正しいのか、確かめる術はないが、とりあえず賭けてみる価値はありそうだ。いざとなったら、神内に約束違反だと猛抗議して、死神を天瀬の夢から引っ込めさせるように要求する。これで行くしかない。

 仕事がまだ残っているのは若干、後ろ髪を引かれる思いであるけれども、重要度では劣る。私は机の上を片付け、気持ちを落ち着けた。

 天瀬に目をやると、同じリズムで苦しげな呻き声を上げている。最初に比べればほんの少し、ましになっている――と思いたい。

 寝床に潜り込む刹那、ふと、あるフレーズが頭に浮かんで、思わず苦笑する。

「『お姫様を救いに行くために、勇者は布団を被りましたとさ』ってなところか。格好悪いな」

 待っていてくれ、天瀬。少しの間の辛抱だ。必ず助けるから。


 つづく

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