第329話 攻めないのは必勝とは違う証

「絶対に勝てるのなら、ここはオールインしてくるところでしょう? この先、同じように絶対に勝てるシチュエーションが表れるとは限らないのだから、行けるときに行っておくのがセオリーよ。にもかかわらずハイネさん、あなたは中途半端に十枚ほどの金貨を掴んだだけ。それはとりもなおさず、私のカードがそれなりに大きいことを物語っている。少なくとも、あなたが思い描いているスペードの3よりはね」

 ロジックを述べながら、コインの枚数を数える神内。十枚。

「これで足りるかしら?」

 読み切ったはず。この裏をさらに掻くには、最早計算では測れない。運否天賦の領域になる。神内はハイネの睨め付け、反応を待った。

「――参りました」

 存外あっさりと、ハイネは白旗を掲げた。当然、先ほどテーブルに置いた金貨はすべて引っ込める。

「降ります」

 今回の敗北を参加料のみの損失で切り抜けたハイネは、己のカードを目で確認すると、ぽいと放った。

「この回は負けた。でも、カードは当たっていた。マークも数も。これをどう思われます?」

「偶然でないことは分かるわ」

 神内は自分のカードを確かめながら言った。クラブのジャックだった。それをゼアトスに返す。

「ゼアトス様。只今の回でハイネ氏の用いた手法は推し量れませんでした」

「それは疑いを掛けたのは過ちだったと認める――という意味ではないようだね」

「はい。この次の回でもお願いしたいことがあります。サングラスを掛けることを許可していただきたいのです」

「サングラス? 急にお洒落するつもりになったとか」

 冗談を飛ばすゼアトスに、神内はお追従の笑い声を立ててから首を左右に振った。

「色の濃い、黒のサングラスを所望します」

「かまわない。その意図は教えてくれないんだろうね」

「はい、申し訳ございません」

 神内はハイネの様子を窺っていた。そして心持ち、首を傾げる。

(焦った雰囲気は感じられないわね。私の目を覗き込んでいるわけじゃないのかしら?)

 神内がハイネのカードを見れば、神内の目にはハイネのカードが鏡のように映る。それをハイネが読み取っているのかと想像したのだ。だが、ハイネの態度には相変わらず動揺の欠片も見られないし、サングラスの使用を簡単に承知したことからもこの推理は外れているようだ。

 それでも物は試しと、次の勝負にもインディアンポーカーを指定した上で、神内はできる限りのことはした。サングラスの下、目は片方しか使わず、それもやっと相手のカードを確認可能な細目をして。

 だがその効果は空しく、5というさほど強いとは思えない神内のカードに対して、4だったハイネは勝負に出ることなく的確に降りた。

(このままのペースはよくない)

 神内は焦りを覚え、思わず親指の爪を軽く噛んだ。

(たまたま、私のカードの方が上の数が来ているからいいようなものの、ハイネの方が上回ったら、オールインの勝負に来るに決まってる。こっちは受けざるを得ないんだから、大敗は決定的。何か策を講じなくちゃ……でも私に打てる手は、指定するポーカーをインディアンポーカー以外に変えることぐらい?)

 他に打開策はなさそうである。しかしここで逃げてもいいのかという思いもあった。

(実際の財産や生命を賭け代にしているわけじゃない。来たるべき六谷&岸との勝負に備えてリーダーを決めるために、どちらがギャンブルに強いかを競っているだけ。正当な評価を受けるには、ハイネ氏の能力が何なのか、その能力がイカサマならどの程度ばれにくいのかを見極めておくことも必要かも。もちろん、勝てない勝負から降りたり逃げたりするのも、ギャンブルにおいて重要な戦法ではあるけれども)

 そこまで考えて、神内はハイネに尋ねた。

「この勝負が十三戦終わるまでに、私がイカサマのやり方を見抜けなかった場合、あなたは種明かしをしてくれるのかしら?」

「うーん、どうしましょう」

 いつも以上に間を取るハイネ。勿体を付けたのではなく、本気で迷っているらしく、上半身を捻ってゼアトスの方を向いた。

「私としては、自分の特技が他の者達に知れ渡る可能性のある行為は避けたいですね。でも、ゼアトス様に判断をお任せします」

「わざわざ言う必要を感じないが、こう答えれば満足かな?」

 ゼアトスはハイネから神内に目線を移した。

「君がハイネ君のイカサマを見抜けないまま勝負が完了したとすれば、恐らく勝者はハイネ君だろう。つまりリーダーはハイネ君になる。今後行われる勝負でイカサマのための能力をパートナーが知っている方が有利だと思えば、リーダーの口から説明すればよいし、隠しておいた方が得だと思うのであれば黙っていればいい。それだけのこと。手短に言うなら、勝った者がリーダーであり、リーダーの判断がすべてだ」

「……納得しました」

 神内は答えると、心中で決意した。

(だったら私はハイネ氏の能力がどれほど見破りにくいのかを見極める。その方が今後のためになるはず)

 場合によっては捨て石になることも辞さない。その覚悟が整った。

「それで、次の勝負は何ポーカーにするんだね?」

「もちろん、インディアンポーカーでお願いします」


 つづく

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