第437話 けものが違う(訂正版)

 パンダからサイの目(賽の目)という訳だ。くだらない駄洒落なので、敢えて声には出すまい。

「1ですね。やってみます」

 天瀬がそう言って引き受けるや否や、私が摘まみ持っていたサイコロは、六面全てが赤の一つ星に変化した。

「早っ! 凄いぞ、天瀬さん」

「はあ」

 目をまん丸にして、サイコロを様々な角度から覗き込む天瀬。本人もびっくりしているのがよく伝わってきた。

「これだけスピーディに変化できるのなら、充分に有用だね」

「ですね。多分、参考になる物が目の前にあったから、簡単に成功したんじゃないかしら」

 彼女が言いたいのは、コピーすべき“1の目”の実物を目の当たりにしていたから、他の面全てを1にするのは楽にできたということのようだ。なるほどその理屈なら、さっきの六本指は決まった形がなく想像するしかない。私の勝負の最中にたまたま発動したときは、手を足に変えた訳だから、参考とする物が見えていたと解釈すれば辻褄が合う。

「だとしたら、人間をパンダに変えるのは、かなり難しくなるだろうなあ」

 私が冗談めかして呟くと、天瀬も乗ってきて、

「想像だけで適当に変えようとすると、尻尾が黒いパンダにしちゃうかもしれませんね」

 なんて言って笑った。緊張をほぐす意味で、これはいいのかもしれない。緩みすぎるのは困りものだが。

「さて、ぼちぼち五分が過ぎる頃合いだが」

 腕時計を見る。夢の中において、腕時計で時刻を確認する行為が果たして有効なのかどうか分からないが。つられたように、天瀬も携帯端末を取り出して、時間を見た。

「……きしさんはやっぱり、昔の岸先生なのかな。十五年前の」

「え、どうしてそう思うの?」

 この夢の世界で最初に会った時点で、貴志道郎を名乗ったのに、完全には信じられていないらしい。そういえば、道郎さんとすら呼んでくれてないし。やはり“設定”が突飛なためかもしれない。

「今どき、腕時計をしている人は少なくなってきているから」

「そ、そうか」

 このまま岸先生として認識されるのは、“設定”としてはすっきりするかもしれないけれども、何とも言えず寂しい。岸先生の身体を借りた貴志道郎なんだと、改めて伝えておくべきかもしれない。というか伝えて分かってもらいたい気持ちが強まった。

 天瀬に全てを理解してもらって、二〇一九年の現時点で貴志道郎がいかなる状態にあるのかも詳しく知っておきたい。私は意を決してそうするつもりだった、のだが。

「お待たせ」

 神内の声がした。その方を振り返ると、神内と、彼女に続く猫背の男、ハイネが視界に捉えられた。まったく、ここぞというタイミングで戻って来やがった。邪魔された心地で気分が悪い。

「連敗で怖じ気づいて、もう出て来ないのかと思ってた」

 なのでつい、余計な挑発をしてしまった。後ろに控えるハイネの目が光ったような気がしたが、口を開いたのは神内の方。

「怖じ気づくだなんて、まさか。こちらは充分に楽しませてもらっているのだから、やめられますか」

 影が差していたので気付くのが遅れたが、よく見ると、神内は衣服を換えている。巫女さんスタイル? 和装ではあるがちょっと違うような。えっと、あれだ、いわゆる“はいからさん”スタイルの方が近い。まあ何にしても、時間が掛かるだの何だのと言っていた割りに、素早いじゃないか。

 ちなみに、ハイネの方は変化なしの黒装束のまま。死神に派手に着飾られたら、かえって怖いかもしれない。定番の格好でいてくれた方が落ち着く。

「それはそれは結構なことで。こちとら、一つしか落とせないので必死だよ」

「きしさん、きしさん」

 天瀬が袖を引っ張るので、顔を向ける。

「ん?」

「女性がファッションを換えてきたときは、話題にしないと失礼ですよ」

「あ、ああ。そうだね」

 緊張感があっという間に緩む。戸惑いながらも神内のスタイルを再度、まじまじと見た。すると天瀬の囁き声が聞こえていたらしく、「どう?」とポーズを取る。

「えーっと。その格好は何だ? 日本の神様だけあって、似合っているのは認めるが」

「日本の神様というわけじゃなくって、日本を担当している神様なのよね。ま、大まかな意味は同じか。この格好は、次の対決を見越してのことよ。まだ正式決定はしていなかったけれども、ハイネさんはあなたとギャンブルで勝負するのが望みだし、そうなると私は天瀬さんと運試し&記憶力対決になる」

「格好とのつながりが分からんのだが」

「え、あ。そう? この姿で記憶力勝負と言えば、カルタでしょうが」

「カルタ? ……ああ……」

 思わず天瀬と顔を見合わせ、お互いにうなずいた。百人一首のクイーン戦を報じるニュース等で見た選手は、確かこんな感じの和服だったような。

「では、運と記憶力というのはカルタ勝負ですか」

 自信があるのかないのか、天瀬が目をぱちぱちさせながら、弾んだ口調で聞く。その質問の答を得る前に、私は「いや、それだけじゃないはずだ」と口を挟んだ。

「神内さん、記憶力対決は二〇〇四年に関係したことになると事前に言っていたよな? カルタだけの勝負だと、二〇〇四年の要素がない」


 つづく

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