第371話 一度目と違う?
「家では普通に、好きなように食べてる。でも、他人様のお家だと遠慮するのがたしなみだって聞いたわ」
弁明する天瀬。嘘偽りのない話なんだろう。それなのに恥ずかしがっている様子が、大人の天瀬には見られない反応だ。少々感動すらする。
「そうだとしても、今夜は遠慮しなくていいんだぞ。いつもと違う分量、米を炊いたからな。中途半端に残っても困るし、片付けてくれた方がありがたい」
「……それじゃ……カレーもちょうだい」
思い切ったようにそう求めてきた天瀬に、私は一応、聞き返した。
「あ? 立て続けにカレーでもよかったのかい?」
「ううん。連続は嫌だったけど。でも、唐揚げと一緒にカレーを食べたら、別の味がしておいしいかなって想像したら、我慢できなくなってきたのっ」
「そうだな。ということは、我慢しなくていいとの意見の一致をみた訳だ」
私は笑いながら席を立って、カレー皿を用意してあげた。こんな風にして子供っぽさを見せられて、安心していたのだが。
少なめのご飯にカレーを盛った器を天瀬に渡す際、彼女の受け取る動作が大きかったのか、頭のタオルがとうとう外れた。幸い、肩に引っ掛かって、料理の上にタオルが落ちるなんてことはなかった。
「――先生?」
その声にはっとさせられる。少々濡れた髪の天瀬は、十五年後の彼女自身によく似ていた。一瞬だけど、見とれてしまったほど。プール授業のあととどこが違うんだ、同じだろ。いや、でも風呂上がりはやっぱりひと味違う、のか?
「ああ、悪い。タオルが取れたから、待ってやろうと」
「もう、こっちは受け取ってから直そうと思ってるのに。息が合わないね」
そんな風に言われると、結婚できるのか心配になってくるじゃないか。
そういえば食べ始める前にも、軽くだけど一悶着あったのだ。テレビを入れたまま食事を始めようとすると、天瀬が切るように言い出した。何でと理由を尋ねると、家では食事時はテレビを観ないからと来た。
あれ? そうだっけ? 十数年後に付き合い出してから、一度たりともそんなやり取りを天瀬とした記憶がない。たまたまそんな場面がなかったのか……いや、家で自分達で料理を作って食べたことなら数度ある。てことは、私自身、天瀬と二人でいる時間を大切に過ごしたくて、食事中にテレビを観るなんて思いもしなかったってか。うーん、ならば今の小さな天瀬との時間も大切にしたいのは山々なんだが。
「ぼちぼち、テレビつけてもいいかな?」
「えー、どうしても? おしゃべりした方が楽しいのに」
またまた不満そうになる天瀬だが、あきらめも感じているのか、最初ほど強くは言ってこない。こっちにもテレビを観たい理由があるのだ。
「すまんな。天気予報の詳しいのが始まる頃だろうから」
「全国的なのを見ても、意味ある?」
「あるよ。雨雲のこれからの動きが出るはず。それに、この辺りの強い雨がどれくらい続くのか、も。あと、水害がいよいよ危なくなるようだと色々と言ってくれるに違いないからな。指定の避難所に移動するべきかどうか、とか」
言いながらリモコンを操作する。チャンネルを合わせると、まだちょっと早かった。どこかで発生した火事を伝えていた。
「家での食事のときは、全然観ないのかい?」
「絶対に観ないってことじゃないです。今、天気予報って言われて思い出したけれども、大きな台風が迫っているときはニュースを付けてたし、あと、大きな大会で日本代表が戦うようなスポーツは、お父さんがよく観てた。生で観ないと意味がないっていう考えだから」
「なるほど」
他愛もないことを話していると、やがて天気予報の時間になった。そのトップが、この近辺の集中豪雨についてだったから、結構でかい災害と認識されているのかもしれない。
ちなみにだけど、予報を眺めている内に気が付いたんことがある。“線状降水帯”という言い方をしないんだな、この二〇〇四年の頃は。凄い勢いの雨が短ければゲリラ豪雨、長く続けば集中豪雨と表現しているみたいだ。
そんな風に十五年という歳月の流れを感じていると、ふと、気になることが頭に浮かんだ。
二〇〇四年の八月に、こんな水害が起きていたんだっけ? 記憶が定かでなく、どうにも思い出せない。当時、住んでいた地域からは離れているのだから覚えていなくても仕方がないと言ってしまえばそれまでだが。
うーむ。こういうとき、六谷に聞けば私より記憶鮮明のはずだからある程度覚えているかもしれない……のだが、彼が体調不良からどの程度回復しているか分からないため、電話しづらい。
気になったが、結局は成り行きに任せてこの自然災害を静観するほかない。私にできることといえば、天気予報に集中するくらいだ。
画面ではお馴染みの(私にとっては懐かしの)おじさんが、朗々と今後の予想と注意事項を述べている。気象予報士のしゃべりって聞き取りやすい人が多いと常々思っているんだが、雨音のやかましい日には特にそのありがたみを感じる。
「……どうやら状況は厳しいな」
「厳しいって?」
つづく
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