第70話 自分自身を見違えた?

 渡辺の量刑がどれくらいになるのかもついでに聞きたくなったのだが、刑事さんは戻りたいように見えた。

「そろそろ切り上げて報告しなきゃいけないので、話を戻しますよ。警察が捜査を始めること、周囲の方達に口外しないでください。たとえ岸さんが、この人は絶対に犯人じゃない、怪しくないと思っている相手でも、言ってはだめです」

「もちろん言いません」

 渡辺の証言した通り、この部屋で岸先生が襲撃されて瀕死の状態に陥る事件が起きていたのなら、今頃その犯人は安堵しているかもしれない。全て渡辺のせいにできる、と。そのことを悟らせないためには、捜査開始は口外無用にした方がいい、いや、すべきだ。

「あと、その別件の事件の犯人にとっては、目的を達していないことになるのかもしれない。くれぐれも戸締まりは厳重に願います」

 指摘されて、自覚した。そう、危機は去っていない可能性が高まったのだ。少なくとも、私にとっては。天瀬の方はもう大丈夫だと信じたい。

「では、失礼します。近日中にまた伺うことになるでしょう」

「あ、刑事さん。最後にもう一つだけ」

「――コロンボと逆だなぁ」

 出て行き掛けていた刑事さんはそんなことを呟きながら、向き直った。

「何でしょうか」

「刑事さんの名前、病院で聞いたと思うんですが、忘れてしまったみたいで。改めて教えていただけないかと」

「……学校の先生という職業の人は、子供らの顔と名前を覚えるのは得意だと聞いたことあるんですがね」

 ため息交じりに皮肉を挟み、名を教えてくれた。

三森みもりと言います。ちなみに、病院で一緒にいたのは陣内じんない。覚えておいてくださいよ」


 三森刑事とのやり取りのあと、急速に疲れを覚え、程なくして眠り込んだ。やや無理をして踏ん張った分、反動が大きかったんだと思う。

 寝入る間際に、脳裏をふとよぎったことがある。

 渡辺の逮捕で、天瀬から危機が去ったのは間違いない。ならば、私はやっぱり戻れるんじゃないのかと。でも戻れていないという現実がある。まだ別の危機が臥竜みたいに潜伏しているのかもな。

 これで次に目覚めたら、戻れていたなんて……。


 はっと気が付くと、病院のベッドの上にいた。

 元いた十五年後の世界に戻るとしたら、恐らく病院か自宅か、あるいは墓の中だなと愚にも付かない空想をしていたものだが。

 実際に戻れたのかどうかは、まだ分からない。何しろベッドの上と言っても、私の身体はベッドから2,3メートル上を漂っていたのだ。俯せの姿勢で、ふわん、ふわんと幽体離脱したかのように。

 幽体離脱? 仮にそうだとしたら、真下のベッドで横たわっている人物が私、貴志道郎なのか?

 目を凝らしてよく見ようとするが、はっきりしない。真夜中なのか、部屋が暗いこともあるが、ベッドの上の人物は頭全体と顔の一部に包帯が巻かれている。正直言って、自分の顔を部分的に見せられても、これは私だ!と断言できる自信はない。

 もしあの怪我人が自分なら、戻って来ても生きながらえるかどうか微妙じゃないかと恐怖を覚えてしまった。幸いと言っていいのだろうか、心拍などをリアルタイムで映すモニターの設置はされていないようだ。口元と腕に管が一本ずつ伸びている。

 ――そう言えば、今の私はどんな姿形をしているのだろうか。気になって、自分自身を見下ろそうと顎を胸元に寄せてみるのだが、よく見えない。いわゆる魂、霊魂みたいな形状になっているのか? いや、それすら確かめられない。

 何にしても、ここが想像通り、元々いた時代であるなら、何でこのタイミングでここまで連れて来られたんだ、私は。「戻りたければあの肉体に戻れ、嫌なら彷徨っていろ。おまえの自由だ」ってか?


 つづく

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