第69話 さして想像と違わなかった
「つきましては、普段、どなたがこの部屋に出入りしていたかを聞いておかなきゃなりません」
すぐにということにはならないだろうが、もし仮にゴミの中から毛髪でも見付かったなら、最初に岸先生の物であるか否かをチェックし、次に渡辺の毛髪と比較。いずれでもないとなったら、この部屋によく来る人物の毛髪と照らし合わせる必要が生じることは充分にあり得る。
「捜査でいるかもしれないってことですね」
また一つ、厄介な調べものを抱えてしまったぞ。それに、この場で答えようがない事柄であるのも困る。
幸い、刑事さんは即座の返答は求めてこなかった。
「この件、スタートがちょっとイレギュラーなんで、今日の所はこれで帰ります。明日か明後日には、また訪問させてもらうことになるんじゃないかと思いますので、それまでに出入りされた人物を書き出しておいてもらえますか。可能であれば、前にゴミを出してから日曜夜までの間に来た人限定で」
「努力してみます。あの、書き出すのは全然かまいませんが、本当に捜査してもらえるのでしょうか」
「真っ先にコードを調べてみます。犯人が慌てていたら、指紋や歯形なんかを残しているかもしれません。そこまでは期待しすぎだとしたって、コードの壊され方が異様だったら事件化できますよ、多分」
「電話コードの破損ぐらいで、ですか」
「言っちゃなんですが、警察の匙加減一つな面はあります。ニュースでたまに見聞きすることがあるでしょう、別件逮捕とか」
「はあ、言われてみれば」
随分と踏み込んで話してくれるなあ。警察はあなたの味方だから隠し事はしないように、というサインではないかと考えるのは、穿ち過ぎか。
「コードで思い出しました。新しいのを購入してきて取り替えたあと、何日かして無言電話があったんでした」
「ほう、また大事そうなことを」
腕時計を見ていた刑事さんが面を起こす。多少、呆れ気味のようだ。次から次へと新たな情報を小出しにしてるみたいで、こちらとしても申し訳ないんだが、しょうがない。
「すみません。昨日は斬り付けられて、それだけで泡食ってましたから。それに、無言電話でしたから、誰からだったのかは何にも分かりませんよ」
「でしょうね。それにその無言電話、誰が掛けたのかこちらには心当たりがあります」
「ええ? 何で」
年甲斐もなく子供みたいに驚く私に、刑事さんは「種明かしって程でもないが、簡単なことです」と苦笑で応じた。
「渡辺が言ってたんですよ。様子を探るために、電話したって」
「ああ……」
「灯りが点ったのを見て、よっぽど驚いたんでしょうな」
そうだった。無言電話があったのは土曜の夜。あのあとあれこれ考えて、想像したじゃないか。あのときの想像は一部、当たっていた。一度思い付いていたのに、今また驚くとは……昨日の刃傷沙汰が相当堪えてるな、私。身体よりも精神面へのダメージが大って気がする。
気を取り直し、刑事さんに尋ねる。
「確認したいんですが、渡辺が電話したと言ったのは土曜の夜でしたか」
「えっと、そうでしたね。金曜の日中に出張から戻り、その夜にこの部屋の灯りを目撃。驚いて探りの電話をしたのが次の日だという流れだったから」
納得できた。渡辺という男、逮捕されたあとはほんと、正直に喋っているみたいだな。その調子で深く反省して、更生してくれることを望む。お務めを終えて出てきたあと、また天瀬や私を狙うような事態になってはたまらない。
つづく
※第67話にて、曜日に関して誤りがあり、訂正しました。読んでくださっている方々を混乱させ、申し訳ないです。
通常、誤字脱字などの訂正はお知らせしていませんが、この度のミスは一応、ストーリーに関わる事柄なので、特記しました。(2019年11月2日)
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