第476話 勝利への努力はベクトル違い

「それはかなり嫌です。困ります。たとえ数時間でも」

 いやいやをする幼子みたいに、天瀬は首を水平方向に強く振った。サングラスを掛けていたら、飛ぶんじゃないかと思えるほどに。

「私のさじ加減次第では、夢での一時間をたとえば実生活での一日に相当するようにもできる」

「か、勘弁してください。制限時間、どのくらいもらえるんですか」

「十分もあれば充分でしょ? 何枚取ったのか正確には把握してないけれども、大半はあなたのパーソナルな事柄のはずなのだから。十分間で判断できなかったら、勘で並べて、運を天に任せなさい」

「運試しの前に運に頼るのはしたくないですね……」

 とはいうものの、すでに覚悟はできている様子の天瀬。二つ目のサングラスを掛けると、カルタ勝負で獲得した札をひとまとめにして向きを揃え、左手に持った。

「開始の合図は、クーデ君が出すんですか? 時間のカウントも含めて」

「その方が公平感があるでしょ? 嫌なら、あなたの頭の中に直接音を響かせる方法も採れるわよ」

「頭に響くのは……遠慮します。クーデ君でお願い」

「でしょうね」

 神内は微苦笑混じりにそう答えると、固まったまま動かないクーデ君に向けて、左の腕を振りかぶる。

「準備はいい?」

「どうぞ」

 打てば響くようなやり取りを交わした直後、神内が左腕をさっと下ろす。クーデ君が『カウントダウンスタート』と平板な口調で告げた。

 天瀬は素早く反応。札を一枚ずつ、裏向きにして自陣に置いていく。

 神内は、現状のままだと、各札の裏に何が書かれているのかは読めない。神の御技を駆使すれば認識可能になるのだが、答合わせ共々、あとのお楽しみに取っておこう。

 いざ始まってみると、天瀬の判断はなかなか素早かった。取った札に恵まれたのか、迷いなく並べていくことが多い。時折、間を開けて新たな一枚を置いたり、詰めたりしてソートしていく。現時点で一枚、脇に取り除けているのは、パーソナルな事柄ではなく、公の事件事故などが書いてあるものと推察できた。

 そうして約五分が過ぎたところで、早くもほぼ並べ終わったように見受けられた。

(……何となく、おかしいような?)

 様子を見守っていた神内は、ちょっとした違和感に意を留める。若干、身を乗り出し気味になった彼女が不審に思ったのは。

(横に取り分けた枚数が少なすぎない? たったの一枚って)

 最初の方で取り除けた一枚から、増えないままなのだ。

(彼女の取った枚数は数えてみると、二十五枚。一割強が天瀬美穂個人ではなく、公的な物事なのだから、三枚くらいはあっていいはずなのに。無論、たまたま偏ることは起こり得る。あるいは、取った札に書いてある公の出来事がたまたま彼女自身よく知っているものばかりだった、だから取り分けておく必要がなかったという可能性もある。政治ネタや経済ネタなんかは小学生のときにはほとんど興味ないだろうし、日付なんてうろ覚えもいいところだろうから、逆にそういうのが含まれてなければ楽勝ってこともないとは言えない。それにしても……運がよすぎじゃないかしら)

 天瀬はまだ並べ終えていない。取り分けた一枚をどこに置くかで、迷っているようだ。記憶を呼び起こそうとしているのか、腕組みをして首を傾げたり、上目遣いになったりしている。尤も、今はサングラスを二重に掛けているため、本当に上目遣いになっているかどうかは定かでないが。

(どうやら時間いっぱい考えるようね。それなら私も)

 神内は仮説を立て、検討してみることにした。天瀬美穂が、いつ起きたのか覚えている事柄の札ばかりを狙って取ったと仮定し、それが可能かどうかについてだ。

(正直な感想を言うと、ある程度は取る札をコントロールしているんじゃないかしらと思う瞬間はあったのよね。取れる札を取りに行かない、みたいな。そんなに幾度もあった場面じゃないけれども、どことなくわざと出遅れたふりをしたかのような。あれって、なるべく少ない枚数で勝利しようと思っていたから、だと思ってたんだけど)

 今回行われている記憶力対決は、ある意味では矛盾をはらんでいると言える。第一段階の競技カルタに勝つには、基本的に多くの札を取る必要がある(自陣の札を減らすために相手のお手つきを誘発する等、作戦はあるとしても)。その反面、たくさん札を取って圧勝したとしても、何らメリットをもたらさない。第二段階で、出来事を起きた順に並べるには、その出来事の数が多いとかえって不利になるくらいだ。故に、競技カルタをなるべく少ない取り札で勝ち抜いた上で、第二段階に進む、これが理想の形となる。

(途中でそのことにこの子も気が付いて、札を取るのをいくらかセーブしようとしたのかと思った。けれども、もしあれが、知らない出来事の札を取らないようにするためだとしたら?)

 仮説を立てて考えてみようと思ったきっかけは、そこにある。ただ、実際にどうやるかとなると、皆目見当が付かない。いや、一つ、ないでもないのだけれど。


 つづく

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