第358話 タイムパラドックスの捉え方、間違ってる?

 よし、ここは尻馬に乗ってみようじゃないか。会話の流れが少々変になるかもしれないが、賛成に転じる。

「言われてみればそうだった、似ているんだったね。その子、歌はうまいのかな」

 思い付いたばかりの方針故、おかしな質問をしてしまう。天瀬が知っているわけないじゃないか。

 ところが。

「うん、それがね、とっても上手だったんだよ」

 予想外の返事があって、思わず。こっちが問うていながら「えっ?」と声を上げそうになった。

「ど、どうして分かるんだろう?」

「お見舞いに訪ねたとき、たまたま唄っているのが聞こえて来たの。私達が来たせいですぐやめちゃったけれども、うまかったのはほんと」

「ふうん」

 合点が行った。日常的に唄っているなんて、よっぽど好きなんだろうな。

「芸能界に憧れてきた分、普段から色々と自己流のトレーニングをしているみたい。だから上手なんだと思う。他にも演技とかダンスとか」

「そういうことか。だったら真面目に杉野倉さんに伝えてみてもいいかもしれないな」

「でしょ?」

 我が意を得たりという風に、得意そうな笑みを強める天瀬。そのまま両手を出してきた。

「だから名刺」

 手のひらを上向きにして、左右揃えて出してきた。

「まあ待ちなさい。お母さんにはそのこと、話して相談したの?」

「もちろん。帰り道に、たとえばの話としてだけどね。いい考えねって言ってもらえたよ」

「そうか」

 季子さんも承知しているのであれば、天瀬母娘として杉野倉に意思を伝えるのが一番効果的かもしれない。私があのスカウトマンに推薦すると、自分の勤める学校の子供はブロックしておいて、よそ様の子供ならどうぞどうぞと差し出す形になってしまうので避けたい。無論、それ以前に陣内刑事ら家族の意向が重要なのだが。

 加えてもう一点、私が神様の実在を知っているからこそ気になる、そして知りたいことがある。陣内刑事の娘さんがタレントになったとしたら、それはどのような影響を未来に与えるのか。

 恐らくだが、タレントになるというルートは元々はなかったはず。まず間違いなく人生変わるだろうけれども、成功するか否かについては私は責任を持てない。タレントになることで犯罪に巻き込まれる危険性が強まるかどうかも同様である。身勝手なことを言えば、最低限、天瀬と私それぞれの未来に悪い影響が及ばなければいいのだ。

 という風に割り切れたら楽なんだが、教職者故か性分なのか、未成年者に関わる事柄となると看過するのは心苦しい。話がまとまって陣内刑事の娘さんが芸能事務所所属になるようであれば、その後も注意して見守る、ぐらいが関の山だが気休めにはなる。

「……あ」

「何なに、先生?」

 思い付いたことがあって、声が勝手に漏れ出た。天瀬の関心を引いてしまったが、今の彼女に話せる内容ではない。

「何でもない。今の話なんだが、少しの間、待ってくれるかな」

「待つって、名刺をくれるのを?」

「うん、まあそう。渡してもいいんだけど、刑事さんの娘さんを例のスカウトの人に推薦するという話は、ちょっと先延ばしにして欲しいんだ」

「どうして」

 名刺を渡してもらえないことに段々いらいらし始めたのか、天瀬の頬が膨れる。恋人相手なら「かわいい顔が台無しだぞ」と言って、鼻の頭を指先でちょんとやるところだ。ベタだけどな。

「相談したい人が一人いる」

「あれ? 芸能界に詳しい人が、先生の知り合いにいるの?」

「詳しいっていうか、専門家ではないけれども予想を立てるのがうまい人、と言えば一番近いかな」

「もしかして、占い師?」

「まさか」

 苦笑を浮かべ、返答をはぐらかす。

 私が考え付いたのは、神様との四番勝負が終わるまで、スカウト話はストップしてもらうというもの。何故って、夢の中で大人になった、つまり二〇一九年の天瀬と会えるのを利用できないかと思ったのだ。刑事の娘がタレント活動してそこそこ売れていれば、そのバックボーンがある程度世間に露出するはず。ひょっとしたら二〇一九年の天瀬なら、そういうタレントがいると知っているかもしれない。芸名が現時点では不明なので、確実に刑事さんの娘さんとは言えないが……いや、そもそも天瀬本人が娘さんにタレントへの道を譲るのだから、当然、その後を気に掛けるに違いない。ということは、未来の天瀬に聞けば簡単に分かる。

 ……はずだよな? え、でもスカウト話を刑事さんの娘さんに持ち掛けていない段階で、二〇一九年の天瀬に聞いて分かるものなのかな。未来っていうのは、いつどの段階で決定されるんだろう? こんがらがってしまった。実際に行動に移さなくても、「陣内刑事の娘さんとスカウトを引き合わせる!」と強い意志を持って念じれば、変わるような気がしないでもない。

「待ってもいいけれど、どれくらい待てばいいのよ、岸先生」

 なかなか続きを答えない私にしびれを切らした様子で、天瀬が問いを重ねてくる。彼女は怒ったり苛立ったりすると、多少大人びるようだ。私は昔(と言っても十五年後だ)天瀬と交わした会話の雰囲気を肌で感じ始めていた。

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