第272話 三色違い
吉見先生が場にいる者全員に尋ねる風に見渡す。反応が一番早かったのは、やはり湯村先生。
「そうですね……『ボールが三つあります。一つは赤、一つは青、そしてもう一つは黄色です』辺りになるかしら」
「あ、それがありますね。じゃああとに付け足すのはなし、という条件ではどうでしょう? 『ボールが三つあります』の前に言葉を入れて、ボールの色を言い表す」
「それは……無理ですよ、吉見先生。児童が出したこの問題みたいに、おかしな表現になってしまう。強引に『赤いボールが一つ、青いボールが一つ、黄色いボールが一つ、合わせて“ボールが三つあります”』だと回りくどくなって、やっぱりおかしいし」
「そこをおかしくないようにするには、ボールの色が一つだったら行けますよね?」
「はあ、それは当然です。三色あるからおかしなことに――ああ、もしかして先生の仰りたいことって、えっとマーブル?」
「はい! それです!」
「なるほど、盲点でした」
女性教師二人が手を取り合って盛り上がる。私を含めた男性陣はおいてけぼりだ。そんな中、伊知川校長が目ざとい、いや耳ざといところを見せる。
「今、マーブルと聞こえましたが、もしや、一つのボールに赤、青、黄色の三色が塗られていたと、こういうことで?」
「ええ、そうだと思います。というよりもそれしかありませんよ。赤、青、黄の三色に塗られたボールが三つありますと言っているんです、この問題は」
なに~?
てことは、三色マーブル模様のボールが三つあって、袋にいれて二個取り出して、残った一個が赤(赤一色)である確率は?というパズルだったのか。これなら解答は単純明快、ゼロパーセントだ。
「そういう引っ掛けだったのか」
連城先生が言い回しを吟味するかのように、何度か繰り返し呟いている。
「これで正解とは限りませんが。岸先生、次にその子にあったときはこの答で行ってみましょう」
「はあ。そうしてみます。助かりました」
吉見先生とさらに湯村先生にも礼を言っておく。
ふと伊知川校長を見ると、鞄からノートパソコンを引っ張り出して、ネットにつないでいる。Wi-Fiという言葉がメジャーになり始めたのはこの頃だった記憶があるんだけどと店内を見回すと、“無線LANあります”的なステッカーが貼ってあった。そうか、前は無線LANと呼ぶのが一般的なんだっけ。とにかくつながるのね。
「ふむ。調べた限りでは、オリジナルのなぞなぞみたいだ」
つぶやく伊知川校長。そこを気にして、わざわざ検索したのか~。苦笑を堪えていると、校長が話し掛けてきた。
「岸先生。交流行事が再開されたときは、こういうなぞなぞやクイズの出し合いも面白いかもしれないよ」
「はあ、確かに」
決まっていたディベートをやめて、勝手に変更できるものなのだろうか。
「出題した子供みたいにクイズ作りの才能のある児童が大勢いれば、うちが勝てる。もちろん、出題する問題はオリジナルに限るという条件を付けてね」
まず、完全オリジナルかどうかを判定することが大変そうだ。似たような問題、いや、まったく同じ発想のなぞなぞだって当然あるだろう。あとで揉めること必至なので、そのルールは無理でしょう、校長。
予定になかったことだが、打ち上げのランチが終わってから連城先生と吉見先生と私とで駐車場の片隅に集まり、交流行事が中止になった場合の対処について話し合った。
断っておくが、三人でどこに行きましょうかという相談ではない。ちゃんとした、仕事としての話だ。
「子供達にどう連絡するかだが」
連城先生が切り出した。
「選択肢は大まかに言って二つあると思う。中止もしくは延期が正式に決まってから知らせるか、早い段階、つまり今日の内にも取りやめになる可能性を伝えておくか」
「期日が迫っていますし、後者がいいと思います」
吉見先生が即座に言った。額に手で庇を作り、日差しを気にしている様子からして、早く終わらせたいのは明々白々だ。私も「賛成」と即応しようとしたのだが、連城先生の方が早かった。
「私も基本的には同意見だが、すんなり決めていいものか、迷いがなくはない。敢えて、今日知らせた場合にどんなデメリットがあるか、思い付いたことを言ってもらいたいのだが」
「それは……児童にとってはどっちつかずの状態になるわけですから」
「モチベーションが下がるかもしれませんね」
吉見先生、私の順番で言った。
「なるほど。やっぱり開催するぞとなったときに、気抜けして力が出せない恐れが高くなると。他に何かありますか」
連城先生の再度の問い掛けに、私も吉見先生も何も出て来ず、顔を見合わせた。
「強いて言えば、現時点で中止の可能性を伝えて、理由を問い返されてもまったく説明できないことぐらい?」
「でも中止が決定した時点でも、説明できるかどうかは確実ではないわけで」
吉見先生が絞り出した意見を、連城先生はあっさり潰す。
私としては、「中止の予告が早ければ早いほど、過去の改変につながる可能性が高くなるのでは?」と懸念を表明したいところだが、この二人にそんなことを言えるはずもなく、口にチャックだ。
つづく
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