第273話 また予定と違うけど
「ならば、中止なり延期なりが決定してから知らせる方のデメリットは?」
「そりゃあ、今日でさえ急なのに、明日以降だと一層急な話になりますから、児童本人や親御さん、保護者の方にとっては迷惑でしょう。予定が違ってくる」
確定後に知らせる場合のデメリットはこれに尽きた。
どちらがより影響が大きいかというと、やはり知らせるのをあとにする方が悪い影響が大きくなる。結局は最初の結論通り、すぐにでも知らせましょうということで落ち着いた。
「となると、誰が誰に連絡するかだが」
この割り振りも手早く決めて、私達三人はようやくお開きになった。当然、受け持つ児童には担任教師が知らせることになったので、天瀬や長谷井に電話しなければならない。
テレホンカードがまだ大量にあったなと思い出した私は、自宅アパートに戻る前に、さっさと済ませることに決めた。
長谷井を含めた割り当て児童宅に電話を掛けていき、ときに事務的に、ときに電話口でぺこぺこ頭を下げて用件を伝える。天瀬を最後にしたのは、「九文寺薫子と仲よくしろよー」と口酸っぱく言っていた手前、延期もしくは中止の可能性が高まったと伝えると、話が長引く可能性があると考えたからだ。
電話がつながり、相手からの「もしもし?」の声を聞いてからしゃべり始める。
「もしもし。私、学校でクラス担――」
「岸先生?」
あら。お母さんの季子さんが出たと思い込んでいたが、天瀬美穂本人だった。
「どうしたの? また何か忘れ物した?」
またとは心外な、訂正を求めようと思ったが、そうだ、通知表の件があったばかりだなと気付く。
「通知表のことはもう勘弁してくれないか」
「やだ、先生。別に怒ってるんじゃないわよ。普通に、電話が掛かってきてびっくりしただけ」
それならよかった。このあとの用件では、立腹されても仕方がないだけに。
「お母さんなら出掛けてて留守ですが。私が聞いておいて大丈夫な話?」
「あ、いや、天瀬さんに伝えようと思って電話したんだ」
「なーんだ、それならやっぱり忘れ物だよね。学校にいるときに伝えてくれればよかったんだからさあ」
やっぱり、忘れ物にこだわっているように聞こえる……。私は気を取り直して話を続けた。
「それができたらよかったんだけどね。用件ができたのはついさっき、校長先生と話しているときだから、どうしようもなかったんだ」
「校長先生? えー、何か嫌な感じ。校長先生は嫌いじゃないけど、岸先生が偉い人と話しているときにできた用事って聞いたら、緊張して来ちゃった」
「ははは、そういうのじゃないから」
おしゃべりが楽しく感じられてきた。いかん。ちょっとでも長くこの電話を続けたい、なんて思ってしまいそうだ。いや、実際思っている。早く本題に入らなくてはいけない。
「それで用件なんだが、富谷第一との交流行事が予定されているよね」
「うん。えっと、もう明明後日に迫ってるんだわ」
「校長の元に富谷第一小から電話があって、交流行事を少し延期できないかという話をされたそうなんだ」
「……延期?」
きょとんという音が一緒に聞こえてきそうな天瀬の声。容易に表情が想像できた。
「どういうことですか」
「だから、明明後日の行事はなくなる可能性が大きくなっている。今のところ未確定だけれども」
「えっ。何で?」
「それが、先方の富谷第一小の人も詳しいことは教えてくれなかったそうなんだ。とても急な話だから、よっぽどのことが起きてるんだと思う」
「分っかんないなあ。何があったら行事が延期になるの? これが異常だってことくらい、小学生でも分かるよ。自分のところの学校だけなら延期しようが中止しようが、よそには迷惑掛からないんでしょうけど、交流行事をやめにしますって。他校の迷惑になっても延期するような理由って……何があるの?」
小学六年生にして、結構大人並みの論法を駆使してきた。天瀬の成長を目の当たりにできているようで、何とはなしに嬉しい。が、嬉しがってばかりもいられない。
「納得できない気持ちはよく分かる。先生だって納得していない。ただ、校長先生に聞いても校長も聞いていないのだから、どうしようもない。だからこのあと僕がしゃべることはまったくの想像だ。それでもいいかい?」
当初の予定になかった方向に会話の舵を切った。
「うん。仕方ないのも分かった」
「あと、他の人には言わないように。今の時点では単なる無責任な噂になってしまう。天瀬さんなら言わないと約束してくれるね?」
「分かった。言わない」
「よし。では想像を言うよ。校長先生もちらっと言っていたんだけれども、富谷第一小で何かハプニングがあったのは間違いない。交流行事を急遽やめようって言い出すのだから、それは行事に参加する予定だった児童か教師の身に降りかかったことだという可能性が大きい。僕の勘では、参加予定の児童の一人がトラブルに巻き込まれたんじゃないかという気がする」
「ト、トラブルってたとえば?」
「交通事故とか急病とか。あるいは、考えたくもない事態だけれども……前に天瀬さんや僕が遭遇したみたいな事件に、向こうの学校の児童が巻き込まれたという可能性も」
「え」
息を飲むのが伝わってきた。
つづく
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