第169話 間違いが起きていた?
いいこと悪いことを問わず、もうないかと、終わりを匂わせつつ私が場に尋ねたところ、女子数名――三名ぐらいがひそひそ話をし始めた。「やっぱり言っとこう?」「でも……」ってな感じの囁き調のやり取りがどうにか聞き取れた。
「何だ。何かあるんだったら、遠慮せずに言っておけよ」
「それじゃあ」
代表する形で立ち上がったのは、柚木かえで。強く印象に残る子ではないけれども、何でもそつなくこなす、というのが私と岸先生データとの一致した見方だ。四年生のときにクラス委員長を経験しているらしいから、取ろうと思えばリーダーシップも取れるタイプなのだろう。
「私達見たんです。最初は、海遊館から移動してるとき。委員長と副委員長が、二人だけで話しているのを」
「うん?」
委員長と副委員長と言われたせいで、変換するための時間を要した。長谷井と天瀬がどうしたって?
「そのときは、学級委員としての話なんだろうって思って、特に気にしなかったんですけど、USJに入って、しばらく経ったとき、一班と八班が一緒にいたのに、よく見たら委員長と副委員長だけいなかったから、別行動を取っていたんだと思います」
柚木が言い切ると、クラス全体の三分の一ぐらいの者が、そうそうという具合にうなずいた。すでに知れ渡っている話ということか。
「ちょっと待った。僕の聞き方が良くないのか、柚木さんが言いたいことがまだ見えてこない。確か、施設内を巡るときはなるべく班単位でと言っていた。が、外に出ない限り、自由に回ってもいいことにしていたはずだけど? 長谷井君も天瀬さんも、集合時間までにはそれぞれの班に戻っていたように思ったんだが……」
「それはそうなんですけど」
柚木は私から天瀬の方に視線を振った。
「そのあと、私が見掛けたとき、委員長達は展示とは全然関係ない、休憩スペースみたいなところで二人並んで座ってたり、化粧室の近くの壁際で並んで立っていたりして、それも長いことおしゃべりしていたみたいでした」
柚木の言わんとすることは見えてきた。いくら自由行動OKでも、施設とは関係ないところで二人で長話をしているのはどうなの?っていう疑問だな。
自由にしてよかったんだからという一点をもってして、不問にしてもいいんだが、それでは柚木の立場をなくしてしまう。私自身、天瀬が長谷井と二人で何をしていたかが気になる気持ちは当然ある。
「本当か? さっきから何も言ってくれないようだが」
長谷井と天瀬、双方に呼び掛ける風にして聞いてみた。正直、天瀬に沈黙されることにより、この教室内で一番どきどきしているのは私かもしれない。
しばらく待ったが、長谷井も天瀬も口を開かない。長谷井は天瀬の方をちらちら伺う節が見受けられる。ということは、天瀬の反応待ち? 天瀬次第で自分も話すという意思表示だろうか。
一方の天瀬は、両手を膝の上に置き、俯きがちになっている。思い詰めたような表情、と言い表すのは大げさになるが、判断に窮しているように映った。話そうかどうか迷っている、あるいは話したくないのでどう言い繕おうか考えている。
他の子達が、ざわざわし始めた。中には「ヒューヒュー」という冷やかしや、「デート?」という声も小さくだが聞こえた。
私もデートをしていた可能性は当然思い付いている。デートで正解なら、個人的には長谷井を「どういうつもりだ?」と詰問したい衝動に駆られるかも。
私は冷静でいようと、脳裏にクーラーの効いた部屋でかき氷を食べているところを思い描いた。――効き目はあった。
少し考えてみると、デートだとしたらおかしい。映画関連のテーマパーク内にいながら、施設の体験を一切せずに、二人きりでおしゃべりだけをする道を選ぶだろうか。会話なら施設を巡りながらでも充分できるはず。
「話してくれないのかー。しょうがないな。じゃあ、一班の他の男子。何か知ってることがあったら、言ってくれるか」
欠席の六谷を除く一班の面々を見てみたが、特に話すようなことはないのか、横方向に首を小刻みに振るばかりだった。口止めされている風には見えない。
「それじゃあ、八班の方だ。棚倉さん、何か見たり聞いたりしていない?」
今度は具体的に指名してみた。一児童にとってプレッシャーかもしれないが、岸先生データによれば、棚倉は五年時の一学期と三学期の二回、副委員長をやっている。他の子よりは精神的にタフだと見込んだ。
すると五秒ほど間が空いたものの、彼女は話し出した。
「私が聞いたのは大したことないですよ。天瀬さんが戻ってきたときに、どうしてたの?って聞いたら、委員長と話してたって答えられて、それはだいたい分かってたんだけどって聞き返したとき、ちょうど先生が号令をかられたんです。だから、最後までは聞けずに終わったんです」
「あ、そうなんだ」」
う~む。知らずにとは言え、我ながらいいところで余計な真似をしたものだ。
「天瀬さん、棚倉さんの話に間違いはない?」
この問い掛けには、天瀬は無言のまま首をこくりと振ったようだ。
「詳しく言えないんだったら、うん、そうだな。あとで僕にだけこっそり教えてくれないか」
「それは無理」
案外、早い返事があった。面を起こし、訴えかけるようなまなざしをこっちにくれる。
つづく
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