第177話 違う人の声に聞こえた
そんな物凄い偶然の数々が……と半ば呆気に取られそうになったが、冷静に立ち戻ってちょっと考えてみれば、ファーストインプレッションで驚いたほどには物凄くない風に思えてきた。少なくとも私の立場からすれば、天瀬の運命に変化が起きてピンチが訪れると決定したあとで、天の意志によってこの時代に来させられたのだから、偶然でも何でもない。天の意志のミスだか何だか知らないが、過去の改変を修正させるために、自分は選ばれたのだ。お膳立てが整えられて、飛ばされた先に天瀬がいて、六谷がいるのも当然。
「と、かような裏事情がありました。だからといって、六谷直己に責任を問うて、嫌ったり憎んだり、あるいは無視したり邪険に扱ったりしないで、しっかり協力し合ってくださいね。分かりました?」
「あ、ああ。この程度のことで怒っていられるかっての」
責任というのなら、私にもちょっとはある。
レストランで柏木先生と弁野教頭を見掛けたとの話を後に岸先生が聞いて、情報源が天瀬だという点は伏せたまま、柏木先生か教頭のどちらかもしくは両者に注意するようなことを言ったがために、狙われる羽目に。そこまでは岸先生に原因があるわけだが、さらにこのあと、私が気付くのが遅れたせいで、天瀬を再び危険にさらすことになった……ここは私にも責任があると言えそうだ。元に戻れたとき、私はこのタイムスリップ体験を冗談めかした笑い話の形でもいいから、嫁に伝えてみたい気持ちがあるんだけれども、謝らなければいけない場面が多いな。やめといた方がよさそうだ。
それでも――もし仮に、一連の出来事が原因で天瀬がトラウマを抱えるようになっていたら、そしてそのことを私に打ち明けてくれたのなら、事実をありのままに話してもいいかもしれない。
「よかった、さすが小学校教師ですね」
「いやいや、そういうのと関係ないから。第一、大元の原因を作ったのは、そちらさんの仕業のせいじゃないか。六谷がこの世界の彼自身に送り込まれる、何か理由があったのか?」
こう口走って、はたと思い出す。
天の意志、神みたいな存在がいるとして、もし話せるチャンスがあったら是非とも聞かねばと考えていたことが少なくとも三つあるんだった。こうして機会を得た今を逃す手はない。だめ元で聞いてやろう。まずは今言った、六谷がタイムスリップさせられた理由だ。使命があるのなら、一刻も早く彼に伝えてやらねばと思う。
「なあ、教えてくれないか?」
「それはですね……彼が血の涙を流しながら、できもしないことを叫んだからです」
返事を聞いてぞくっとした。
声の感じは最前と全く一緒なのに、まるで、邪な笑みまじりの悪意みたいなものが全身の露出した肌という肌から浸透してきたかのようだ。心身共に一気に冷えて、これ以上尋ねるのが恐ろしくなる。
しかし、ここで挫けては、六谷への手土産となる情報にしてはあまりに淋しい。わずかでも食い下がってやろう。
「そ、それは六谷の使命とつながっているんだな?」
「ですね」
よかった。声から受けるプレッシャーがみるみる和らいでいき、元に戻った。助かった。
「口から一旦出したのなら、責任を取ってもらいましょうってことです」
「使命が何かは、教えてもらえないのかな」
「だめです、無理ですね。何故なら、あなたと違って六谷直己はほぼ自ら望んで、この無理ゲーに臨んだのですから」
「……分からないな」
せめてヒントがほしい。今の自分にとって、六谷はかわいい教え子の一人なのだ。手助けできることがあればやってやりたい。
その思いが通じたのかどうか、暗闇がにやりと微笑んだように感じられた。
「さっきから言ってますように、あなたと六谷直己が協力することで、六谷のなすべきことも分かってくるかもしれません」
「え、私がか」
「はい。あとは、ようく未来を思い出してみてください。ああ、ほとんど答です。これ以上はサービス過剰で絶対に言えません」
うう、さっぱり分からん。見当も付かない。
いや、焦って今すぐに考える必要はない。現在やるべきは、この対話のチャンスを活かすことだろ。
「ありがとう。ヒントタイムはまだ残っているのかな? 時間があるのなら、聞きたいことがたくさんあるんだ」
「うーん、聞くだけなら聞きます。答えるかどうかは、また別ですよ」
「じゃあ、最優先項目を三つまとめて聞いておく。まず、私や六谷は、元の時代の元の肉体に戻れるのか否か。二つ目、私が身体を借りている岸未知夫は無事なのか。三つ目、タイムスリップしている者は他にもいるのか」
「どれも凄く重要な話じゃないですか」
だから最優先事項と言ったろう。時間がないそぶりをしておいて、回答を引き延ばすような真似はしてくれるなよ。
「では、順序通りに、答えられる範囲で答えて差し上げましょう。まず、あなたや六谷直己が元の時代の元の肉体に戻れるのか――戻れます。ただし、使命をクリアしないと、完全に元通りとはならないかもしれませんよ。お気をつけください」
つづく
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