第257話 狙いと違う目が出る理由

 あっ、そうか。3の目を出すパターンは、両手を使うんだったな。筒を持ったままだとその投げ方ができないから、超高速筒回しでサイコロを筒の中で動き続ける状態を作り出したと。

 他の目を出すよりもずっと難しい3の目を早い内に試すというのは、当然あり得る選択だった。それを読み切れなかったのは私にとって痛恨のミスだが、果たして彼女の思惑通りに3が出るのか?

 神内は筒を再び取り上げるや、すかさず回し始める。勢いが落ちていたであろうサイコロに力が加わり、しゃかしゃかと乾いた音が聞こえてきた。

 その音で中の様子が分かるとでも言うのか、神内は片目を瞑って耳をすませ、首を何度か捻っては振り続けた。ものの一分ほども回していただろうか、神内は唇を軽くなめるとやおら、筒を机に伏せた。ただし今度はそのまま手を放さず、しばらく回してから止めた。安定感を持たせるための微調整か。

 テーブルに置いたサイコロを一つ一つ取り込んでいく、本来のダイズスタッキングであれば、一番上に意中のサイコロを持って来ることはもっと簡単だろうし、たとえ崩れかけても立て直しをはかれるんだろうけど、彼女が今やっているのはいわゆる壺振りであり、筒自体があり合わせの物だ。ミスは起きやすい、そう信じる。特に、今の3は両手を使う難しさがあった。

「んーー自信ないな。この感触、崩れてはいないけれども」

 神内は空いている右手の甲で額を拭う仕種を見せた。神様でも汗はかくらしい。

「さて、確認と行きましょうか」

 出目のご開帳――4だった。

「あちゃあ、3のつもりだったのに。やっぱり両手を使うのは難しい」

 三秒間倒れることなく、サイコロタワーは保った。これで最初の目は4で確定。またもやラッキーなことに、当たった。より勝利に近付く加点だけに、小躍りしたい心持ちだが我慢する。

 その後、神内は慎重さをアップしてサイコロを投げたようだった、が。

 二投目は6狙いの投げ方をして成功。三投目は1狙いでこれも成功。

 ところが四投目、5狙いの投げ方をしたところ、出目は2。4、6、1、2と被りこそ発生していないが、狙った目と異なる目になったケースがこれで二つになった。

「おっかしいな~。完全に掴んだと思ったのに。何かが変だわ……」

 首をしきりに捻る神内。その気持ちはよく分かる。敵のことながら、このいまいち安定しない出目はどうしたものか。間に合わせの筒のせいか?

 意図したものと違う目が出たときの共通点は……分からない。強いて挙げるとしたら、六つ目のサイコロを筒に入れてからオープンするまでの時間が違っているような。思い通りにならなかったときは、時間が長いような気がする。でも微差だ。影響があるとは考えにくいんだが。

 あ。もう一つ気になる点に思い当たった。3を出そうとして4が出て、5を出そうとして2が出ている。これって表と裏の関係にある目じゃないか。だからどうした、たまたまじゃないのかと言われればそれまでなんだけれども。

 何にせよ、神内は次の五投目、これまでに失敗している3か5のどちらかを出さなければならない。相当なプレッシャーになるはず。

「ねえ。試しにサイコロ一つだけ転がしてはだめかしら。確認したくなってきたわ」

「――いや、もう認められない。ギャンブルに突入する前ならまだしも、今は最中だ」

 厳しくしておかないとまずい、そんな予感からきっぱり断る。

 神内は頬を少し膨らませて不満げだったが、じきにあきらめた。

「そうよね、しょうがないわね。――さてと。3は投げ方が難しいから最後にする。5を狙うしかない」

 決意を言葉で表すと、彼女は五投目、サイコロを振りに掛かった。五個のサイコロはほぼ無造作に入れて、中で安定させると、肝心の六つ目のサイコロを立てた筒に投じる。

 ……立てた筒に投じてきたんだよな、これまでも。

 そうか。分かったかもしれない。いや、敵に利するような謎解きを私がやっても何の意味もないのだが。それどころか、いくら神内を信用しているとは言っても、今、思考を読まれたらその謎解きが向こうに筒抜けになってしまう。読まれたことを確かめる術はなし。相手にとぼけられたらそこまでだ。

 私は思い付きの謎解きを頭から追い出そうと、別のことを必死で考えた。えーと、えーと、こういうときすぐに頭の中に広がって脳みそ全体を占めてくれそうなことは――天瀬との新婚生活を思い描いてみた。うまく行った気がする。

 神内は再び失敗する恐れからか、非常に長く壺を振っている。聞こえてくるサイコロの音に耳をすませて、完全に満足の行く状態を探っている。

 よし、いいそ。私の直感が正しければ、筒の口を上に向けたまま長く振れば振るほど、狙った目の出る確率が下がる。5の目を狙ったのであれば、恐らく裏の2が出るだろう。

「――あっ」

 突然、神内が声を上げた。手こそ止めていないが、何かに気付いた様子で口を半開きにし、視線をきょときょとと周囲に送っている。程なくして絞り出すような声で言った。

「そうか、分かった。うわぁ。遅かったかな」


 つづく

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