第162話 同い年のようで同い年とは違う

 六谷の予想に、私は少々気分を害されたものの、笑顔を保って答えた。

「そんなに老けた感じを受けるっていうのか。ショックだな。二十代後半だ」

「え、ということは、元々の岸先生と年齢も同じくらいってこと? 何だよ、ほんと、できすぎだよ。生まれ変わりって言えそうなレベルじゃん」

「生まれ変わりか」

 言葉を聞いて、その可能性も一瞬、考えてみようとした。が、あり得ないとすぐに気付く。生まれ変わりが成立するには、原則的に岸先生が死んだあとに私が生まれていないといけないはずだが、二〇〇四年の五月に岸先生が亡くなって、私が生まれたのなら十二年分がとんでしまう。

「これ以上のSF設定は受け入れかねるな。すでに手一杯だよ」

「――ざっと計算してみたら、もしかして岸先生って、生まれた年は僕らと同じぐらいじゃない?」

「おっと、ばれたか」

 別に隠す気はなかった。ただ、後々、天瀬との関係についても説明する事態になった場合、何だかんだ言われそうな気がしないでもないので、生年には触れずにいた。

「何だー、同い年なら早く言ってよ。知らないおじさんと話してる気分で、結構緊張してたんだ」

「いやいや、同い年じゃないぞ。生まれた年が同じというだけで、君は二〇一〇年、僕は二〇一九年からこの二〇〇四年に来ている。九つ違いで、僕が上だ」

「分かってるって。同じ年に生まれたって思えば、気が楽になるってこと。ちゃんと岸先生には、これからも敬意を払うから、安心してください」

 六谷は笑いながら言って、残っていたジュースを飲み干した。やれやれ、疲れる。

「それで岸先生は、どういう風にしてこの時代に来たの? 僕が一番知りたかったのはこれなんだけど」

「だろうな」

 彼から話を聞いている内に、私もおおよそ、察しを付けていた。六谷が今日になっていささか強引に秘密をぶっちゃけ、私に接してきたのは、元の時代に戻る方法を知りたいからだろう。この時代に送られた理由に心当たりがなく、特に使命感を感じてもいない六谷にとって、最大の願いは元の時代の自分自身に戻ること、これに違いない。

「恐らく、六谷君にとって嬉しくない答になると思う。僕も君と同じで、勝手に連れて来られたんだ」

「やっぱり……」

 落胆は顔や仕種に現れていたがわずかで、ある程度覚悟はしていたのだろう、どこかさっぱりした風に見えなくもない。

「二〇一九年にはタイムマシンが完成していて、岸先生は時間旅行のツアー客の一人だったけれども、アクシデントで帰れなくなり、取り残された人――じゃなかったんだ」

「そういうことだ」

 そもそも、時間旅行取り残され説だと、私がこの時代の岸先生の身体に入り込んでいる説明が付かないだろう。他人のそら似、生まれ変わりで済ませるには無理がある。

 と、真面目に指摘してもしょうがない。六谷の方も分かっていて言っているに違いないのだから。

 ジョークめかして受け止められるくらいなら、まあ大丈夫だろう。この子は思っていたよりも精神的に強い。一月にいきなり二〇〇四年の世界に放り込まれて、それから五ヶ月ほど過ごしてきた結果、メンタルが鍛えられたのかもしれない。

「帰る方法を知りたかったんだけどなあ」

「――期待に応えられず、すまない」

「いや、別にいいけどさ。先生の元の世界での最後の体験は何だったの? もしかしたら戻るためのヒントが隠れているかも」

「それなんだが……ダンプだかトラックだか、大型車両に轢かれた瞬間だった」

 希望に目を輝かせていた六谷だが、私の返事に頬の辺りが強ばったみたいだ。微笑のまま固まっている。

「それってつまり、死にかけた?」

「ああ。死にかけたと言うより、恐らく死んでいた。あ、でも、こちらに来てから一度見た夢では、死なずに病院のベッドにいたな。多分、命は取り留めたかな。魂がこの時代に来ていたおかげかもしれない」

「……そのことから推測するとしたら……」

 困惑気味ではあるが、六谷ができる限り論理立てて考えを組み立てようとしているのが分かった。

「戻る方法は依然として霧の中だけど、この時代に来るきっかけは、死にかけることなのかも。つまり、二〇一〇年の大晦日から年明けの正月の間に、僕は死にかけた?」

「考え方としてはありだと思う。それぐらいしか言えない」

「けれども、先生と違って、死にかけた覚えが僕には全然ないんだ。隕石でも落ちてきて、家ごと一瞬にして潰されたのかな」

「ははは、そんな大事件は起きていなかったよ」

「だろうね。先生は二〇一一年の正月に、六谷直己が犯罪の被害に遭ったとかいうニュースを見た覚え、ないかな? 僕個人ではなくって、六谷家かもしれないけど」

「残念だが、記憶にない。もし実際にそんな犯罪が起きていて、僕が本物の岸先生なら、君の名前を記憶していて、事件にも意識を向けただろうけど」

「だよねえ。隕石が落ちてきたレベルでもない限り、他人のことなんか覚えちゃいない」

 あきらめたように表情を緩める六谷。それからふと思い付いた風に、聞いてきた。

「先生は戻るための努力とか行動とか、何かした? 参考までに聞いておきたい」

「いや、たいしたことはやっていない」

「どうして? 戻りたくないの?」

 六谷は不思議そうに、かつ不満げに聞き返してくる。


 つづく

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