第179話 「とんでもない、あたしゃ違うよ」

 って、私だって巻き込まれたには違いないんだけどな。将来の嫁を危機から救うためって言われたら、絶対に断れない。むしろ、救う機会をくれたことに感謝するべきかも、と思わないでもない。

 ただ、何となくすっきりしない気持ちが残るのは、そもそもの原因を作ったのが、六谷をタイムスリップさせた天の意志側にあるのは間違いないからだ。

「ついでにだが、岸先生はどうやったらファンタジーの世界から戻れるんだ? 異世界に来てまで、好きな人を助ける、なんていう使命があるとは考えにくいんだが」

 三つ目の質問が片付いたも同然なので、私は調子に乗って新たな情報を聞き出そうとした。一応、岸先生は私にとって恩人に違いないのだから、心配もする。違う世界にいるのなら手助けのしようはないだろうけど。

「ん、まあ、すべてを教えちゃうと面白くないでしょ。謎解きに挑んでもらっている、と言えばいいかしら」

 ファンタジー世界と言われた時点で何でも来いと思っていたが、謎解きとはちょっと意外である。ドラゴン退治か何かかと想像してしまったよ。いずれにせよ、私の場合とは随分趣が異なるんだな。

「もし、私が私の使命を果たさない内に、岸先生の方が先に謎を解き、ファンタジー世界から戻れる条件を満たしたとしたら、どうなる?」

「まあ、その辺りはうまく調節しますので、ご心配には及びません。岸未知夫先生には完全にこちらの都合で、ファンタジー世界に行ってもらってるのですから、謎が解けなくても戻れることは戻れますし」

「ひょっとして、私が使命を果たさないと、岸先生をずっと待たせるってか?」

「さあ、それはどうでしょうか。何ごとにも上限はありますからね」

 そこまで答えたとき、声にノイズが混じった。

「お、おい?」

「残念。本当にタイムアップになりました。これにも上限はあるのです」

「ちょっと待ってくれ。最後に一つ! 喋っているのは神なのか?」

「――あんだって?」

「あんたは神様ですかって聞いてるんだ」

「――とんでもない。あたしゃ神※※※※※よ」

 最後に盛大にノイズが入って、声はぷつりと切れた。

 真面目に答えてくれるのかと思ったが、よくよく振り返ってみると、さる有名なコントのギャグでごまかされた気がする。神様が神様コントを知っているのみならず、真似までするのかよ。

 少し笑ったところで、目が覚めた。


 さて、こうして迎えた火曜日。今日の学校は天瀬と長谷井の件で進展があるかもしれないことに加えて、六谷とも話さないといけないから忙しくなるぞと覚悟を決めて出掛けたのだが、学校に着いてみて早々に、「六谷直己の保護者から電話がありました。『今朝になって急に熱が上がっており、今は下がりつつありますが、大事を取ってお休みします』だそうです」と聞かされた。力が抜けたが、別々の二つのことが重なるのを避けられるのであれば、その方がいいと前向きに受け止める。

 まさか、私に情報を教えた分、六谷をちょっと懲らしめようと思って熱を上げた、とかじゃないだろうね、天の意志?

 とにかく、こうなったら天瀬には早く話しに来てほしいのだけれども、無理強いするわけにもいかないので、待つのみ。幸い、彼女(及び長谷井)と他のクラスメートとの間に深い溝ができたという感じではない。もちろん、天瀬と長谷井の密会?を“告発”した柚木を含む数名の女子とは、さすがに距離があるようだが、表立って喧嘩している風ではないので、静観するとしよう。

 一方で、ちょっと気になる変化もあった。天瀬の周りにいる児童の男女比が、これまでと違っている。これまでは、女子の方が7:3から8:2ぐらいで多数を占めていたと思うんだが、現在は逆転し、男子の方が6:4ぐらいで多い。中傷の声から天瀬を守ろうと、長谷井が気を遣ったのかどうか、男子の友達に声を掛けてガードさせているように見えなくもない。気持ちは分からないでもないが、やり過ぎると、現状ではかえって天瀬を女子の中で孤立させてしまいかねない。天瀬が男子に囲まれて、ちやほやされているように映るからな。

 口を挟むのはお節介だとは思ったが、手遅れになると話がこじれる。昼休み、給食の前に長谷井だけを廊下に呼んだ。

「どうだろう。まだ話す気にはなっていないのかな」

 児童らが行き交っている廊下なので、内密の会話は無理だ。曖昧な表現を使い、ざっくばらんな調子で聞いてみる。

「あー、修学旅行のことだったら、天瀬さんに判断を任せているので……」

「そうか。でも、任せている割には、何だかんだと天瀬さんに気を遣っているみたいじゃないか? そう見えるんだが、違うか」

 好ましいやり口ではないと思うが、時間がないこともあり、プレッシャーを掛けさせてもらう。私は身長差を利して、長谷井を真正面から見下ろした。

 長谷井はすぐに目をそらしたが、また元に戻して、「ちぇっ、ばれてら。さっすが、先生。よく見てる」と、まっすぐに言い返してきた。

「いいと思ってやってるんです。みんなが天瀬さんのこと好きになるかもしれないけれども、しょうがない。今は天瀬さんの近くに、男子が大勢いた方がいいだろうって」


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る