第473話 決め事を違える事情とは
こちらの勝負が決着していないのに、他方からコンタクトをしてきたのにはどういう理由が考えられるのか。ハイネが言ったように、某かのわけあって勝負を中断してでも話し合う状況が生じたのか? その可能性が大ではあるが、もう一つ、あり得るルートに気付いた。
天瀬が勝利を収めた場合だ。彼女の勝ちなら、それを知ったところで私にプレッシャーが掛かることはない。むしろ重圧から解放される、人間サイドの勝ちが確定するのだから。そうなったらギャンブル勝負は確かに消化ゲームになってしまうが、それは知ったことではないし、同時進行にした理由にも反さない。問題点を強いて挙げるなら、神様側へのプレッシャーになるかもしれないが、彼らは元々、勝たねばならない対決ではないのだから、些細なことだとも言える。
気を緩めるのはまだまだ早いのだろう。が、それでも私は多少の期待を込めて、ことの成り行きを見守った。
程なくして、白い空間に長方形を形作るように黒い線が浮き出て、そのまま白いドアと化した。ぱかっ、と気圧の違いを思わせる音とともにドアが開く。
最初に現れたのは、はいからさんスタイルかつ黒サングラス姿の神内……って、何でそんな格好してんだ?
* *
(※時間を少し巻き戻し、神内と天瀬の対決終盤の局面)
「決着? 正確には、カルタの決着ね」
高まった緊張を若干緩める神内の発言。対する天瀬も、さらに緩めの反応を示した。
「そうでした。まだ最終的な決着がどうなるかは分かりませんね。おごった発言をしてすみません、反省します」
ぴょこっという擬態表現をしたくなる愛らしさで、頭を下げた天瀬。神内は思わず微笑んでしまうのを引っ込め、少し咳払いをした。
「いえ、別にかまわないんだけども。だいたい、次に読み上げられる札が場にあるとも限らないし。それよりも、本当にさっき言ったルール変更でいいのね? これが最終確認になるから」
「はい。今回限りですが」
天瀬が彼女の陣に残るただ一枚の札を、右手で差し示す。
「どうぞ、神内さんの思う位置に置き直してください」
「じゃ、遠慮しないわよ」
神内は右手人差し指でその札を押さえると、一旦引き寄せる。もちろん、裏面の文字が見えてしまうことのないよう、カルタを宙に浮かせはしない。
「さあて、どこにしようかな」
神内は札をうろうろさせつつ、天瀬の反応の有無を測ろうと試みる。
「もう、意地悪ですね、神様って全般に」
頬を軽く膨らませてそう返事した天瀬。神内の狙いを早々に感じ取ったようだ。
「カルタをあちこち移動させて、私が一喜一憂するのを手掛かりにしたいんでしょう? 残念でした。こうしておきますから」
そう言うと、両目を閉じた天瀬。札がどこに置かれるのか、その経緯を目にしなければ余計な反応を表に出してしまうこともない、という実に原始的な対応策だ。これには神内もつい、笑い声を大きくした。
「あはは。これは参ったわ。こうなったら普通に考えるしかなくなるじゃない」
神内は天瀬が薄目を開けている可能性も考慮してみたが、すぐにやめた。天瀬にとって薄目を開けて覗き見ても、メリットはない。意味がないのだ。
神内は自分の台詞通り、普通に考えてみた。そして札の移動先を決定した。
「いいわよ、目を開けても」
促され、天瀬は目を開き、すぐに一点を見つめる。神内は一応、観察を続けてみるも、相手の表情にこれといった変化はない。
「そこにしたわ。どう?」
神内は改めて指差す。そこは、天瀬から見て左の奥だった。迷った神内だったが、最終的に決めたのは、オーソドックスな配置。言い換えると、天瀬から見て最も取りにくい場所に置いた。
「どう、と言われましても……」
困惑の色をなす天瀬。彼女を見て、神内は自身の顔の前で手を振った。
「時々、生真面目過ぎるほど生真面目になるのね。真っ当な返事なんて期待してなかったのに。それとも、一番置かれたくない場所を選ばれて困っているのを、知られないための演技かしら?」
「もう何にも答えません」
天瀬は口にチャックする仕種をやってみせた。神内としては相手の心理が読めそうで読めない、もどかしさを味わわされる。
(ほんと、捉えどころがない。演技なのか素なのか……普通、演技なら、素に見える部分もとどのつまりは演技のはずなんだけど、この子の場合、本当に演技と素の部分が入り交じって態度に出て来る印象を受ける。多重人格じゃあるまいし。
まあ、いいわ。この子の仕掛けを正面から受け止めるって私はとうに決めたんだから、今さら何やかやと詮索して悩んでも意味をなさない。その上で秘策を打ち破れたら最高なんだけど、勝負は時の運とも言うしね)
サイコロを振らない立場の神からすれば、勝負は時の運などという表現を使うのはおかしいのだが、そこはそれ。ギャンブルに関しては、神内は運の強弱の存在を受け入れるスタンスである。
なので、勝つ可能性を高めるために、だめ押しで揺さぶりを掛けておくことも忘れない。
「言っておくけど、私があなたに課す恋愛テストは、今行っている勝負の結果には関係なく、受けてもらうからね」
つづく
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