第145話 絶対に間違えられない戦い
「おやすいご用。他の先生にも言っておくよ。それで、誰か目印になるような目立つ児童はいるのかな」
「ああ、一班はクラス委員長の長谷井が、八班は副委員長の天瀬がいます」
「何と、学級委員のいる班が遅れがちとは。なめられてやしませんか、岸先生?」
「そんなことはないと思います。彼らは判断ができる子達だから大丈夫だと思いますし」
「判断かできすぎて、危ない橋を渡るなんて場合も皆無ではありませんからな」
嫌なことを言う。いや、先輩からのアドバイスなんだと受け取ろう。
最悪、教師側から電話を掛けるという手が残っているので、本来、ここまで心配するものではないんだろう。ただ、私個人は、天瀬を守らねばならないという意識があるため、過度に心配せざるを得ない。
よし。連城先生が言った四十分の半分、二十分を過ぎてもここに現れず、何の連絡もなく、目撃情報も不確かだったときは、(無闇に教師側から児童に電話しないように。修学になりませんから、との通達が出ているため)伊知川校長に事情を伝えて、電話を掛けてみるとしよう。
私は時計とにらめっこを始めた。あと五分強。
二十分が経過するのとほとんど同時か若干早いくらいのタイミングで、ジャケットの左ポケットに入れた携帯端末が鳴った。元々この手の機器を所有していない私(岸先生)にとって、これは今回の修学旅行用に学校側から渡された物だ。
表示された文字から一班からの通話だと分かる。深呼吸をしてから通話状態にした。
「はい、こちら岸。どうした、遅れてるみたいだが」
平静さを装って、相手側に尋ねる。
「遅れてすみません」
開口一番、謝ったのは長谷井の声。
「何かあったのか?」
「それが、途中で八班の女子と一緒になって、移動してたんですが、ちょっとはぐれてしまって」
「うん? はぐれたって道順は分かってるはずだが、違うのか。先に行けばいいんじゃないのか」
「それはそうなんですけど。はぐれた状況が……あ、はぐれたのは天瀬さん――」
「なっにぃ?」
叫んでから、すぐに口元を片手で押さえた。
うぅ、いかん。誰の名前が出ても同じトーンで返すべきところを、思わず声が大きくなってしまった。それも滅茶苦茶、特大に。周りにいる知らない人達から視線を集めていることが、肌で感じられた。目で確認するのが怖い。
「ど、どうしたんですか、先生。いきなり」
電話の向こうで長谷井もびっくりしたのか、声が途切れ気味だ。
「あー悪い、すまん。はぐれたというのがまさか副委員長だとは思いも寄らなかったから、つい。状況を教えてくれるか」
「は、はい。僕は先頭に立っていたので、最初から見ていたわけじゃないんですけど」
だったら最初から見ていたという奴に代われって!と反射的に思ったが、言葉として喉から出るのはストップをかけた。現時点ではまず、相手側に自由に喋らせよう。
「天瀬さん、声を掛けられたみたいです」
「誰に、というかどんな人に」
「青みがかったサングラスを掛けた、スーツの若い男性でした」
「そこは長谷井、君も見たんだな。そいつは日本人か?」
質問してから、児童を呼び捨てにしてしまったことに気付いたが、今は訂正する手間が惜しい。
「多分、日本人……かな。距離があったからはっきりとは聞こえなかったんですが、日本語で会話してたみたいだから。でも地元の人ではないような雰囲気で、彼女に――天瀬さんに道か店を聞いて案内を頼んだ風でした」
「おかしいだろ」
またもや思わず言ってしまったが、これは偽らざる本音ってやつだ。
道だろうが店だろうが、それを知るために子供に、しかもどこからどう見ても修学旅行中の小学生女児に声を掛けるものか? いや掛けない。掛けた奴には別の目的があるはず。
「天瀬さんの姿が見えなくなって、今で何分ぐらい経っている?」
「えっと、十分、いえ、十五分近いです」
「あの子が進んだ方角は分かるか?」
「だいたいの方向なら。あの、岸先生」
「何だ」
緊急事態に直面したせいで、受け答えが荒くなる。こうなるくらいなら、多少変な目で見られても、ずっとついて回るんだった!
後悔を押し殺しつつ、長谷井の声に意識を向ける。
「先生に電話したのはもちろん遅れていることの説明もあるんですが、そちらから天瀬さんの持つ電話に連絡が取れるんじゃないかなと思ったからで」
「――ああ、そうだな」
忘れていた。焦りから完全に我を失い掛けていた。恐ろしい。冷静にならねば。
「長谷井君が持ってる電話からはつながらないのか」
「はい。特別な設定で制限が掛かっているみたいで。それに、天瀬さんの持つ電話の番号も分かりませんし」
「分かった。君らは今どの辺りにいる?」
場所を聞き出しメモを取りながら、このあとの対処を考える。危険性を考えると、天瀬が向かったであろう方へ長谷井達を行かせることはできない。たとえ不審者と出くわさなくても、二重遭難ならぬ二重迷子の恐れがある。そもそも、彼らだってある程度は探したに違いない。いなくなって十五分程度が経過しているのなら、これ以上子供達に探させるのはリスクの方が大きい。
つづく
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