第27話 自分とは違う人生
なるほど、確かにきれいな人だ。遠目にも分かる華やかさがあって、髪はソバージュかな。どことなくラテン系の顔立ちに見える。足元は見えないが、小さな子供と戯れる今の状況でハイヒール履きとは考えにくい。女性にしては身長は結構あると思えた。
岸先生が柏木先生のことをどう見ており、どれだけのことを知っているのか、もやもやデータに頼ってみる。
年齢は二十六だが、これは誕生日を迎えていないだけで、岸先生と同期のようだ。二年二組の担任。「熊好き」とあるが、これはぬいぐるみのことだろうか。他にも好きな食べ物やタレント、ブランド、色などなど、“好きなもの”シリーズがずらーっと続く。全部見ていられないので、他に何かないかと脳内スクリーン内で視線を動かすと、岸先生、彼女を誘ってドライブした経験が二度もあった。車はどうしたんだろう? レンタルかな。そんなので誘いに応じてくれるということは、脈ありなのか?
――ここで断っておくと、私が他人の恋愛沙汰を気にするのは、決して下世話な興味からではない。
今の自分は、貴志道郎であって貴志道郎でない。岸未知夫である(音声にすると意味が分からんな)。岸先生の意識?が今どこでどうなっているのか知らないが、生きていて無事復活したときに備えて、可能な限り、悪い影響を及ぼさないようにしたい。
それとともに、私自身、婚約者のいる立場だ。天瀬美穂を裏切るような真似はしたくない。だからもし、岸先生が女性とうまく行きそうになったら二律背反、非常に困る。びしっと拒絶して壁を作るのは(多分)簡単だけども、岸先生に申し訳が立たない。
結局のところ、付かず離れず、いい具合の距離感を保つのが一番だろう。そうするためには、対象となる女性についてあれこれ知っておくのは重要だと思う。
そんな訳で、データを見ていく。幸い、肉体関係を匂わせる文言は見当たらなかった。スリーサイズは当然の如くなし。指輪のサイズもない。この分なら、何か進展があるにしても、まだまだ先のことになるんじゃないかなと、一息付けた。
そんな安心したタイミングを見計らったかのように、柏木先生がふっと動きを一瞬止め、次いでこちらを向いた。
視線が合い、目礼した私に、柏木先生は笑顔で軽く手を振った。
うーむ。
今日という日は朝から色々あり、すでに精神的にはくたくただった。それでもどうにかこうにか、平静を保って一時間目、二時間目と授業をこなす。
そして迎えたこの日の三時間目。ここから二コマを使っての合同体育だ。
私は児童生徒として合同体育の授業を受けたことはあっても、教師として合同体育を指導した経験はなかった。運動会シーズンの練習とか水泳の授業を除けば、今回が正真正銘、初の合同体育授業である。
だから、今日の合同体育が体力測定だと分かり、内心、安堵したものである。これなら単独クラスの授業とほぼ変わりないであろうから。
「自分の順番じゃないからって、遊ぶなよー。適度にストレッチしとけよー」
遠投の記録を付けながら、運動場の隅に行って遊んでいる連中を注意する。目を配るのが結構疲れる。さっきは立ち幅跳び、このあとは五十メートル走が待っている。
始まる前に、四組の湯村先生に「一部は子供達に計測と記録させるものでは……?」と聞いてみたところ、「昔、ずるをした子が出て、それ以来、教師が記録するものと決まったんですよ」と教えてくれた。時間が掛かるな、こりゃ。
遠投が終わったところで、天瀬が小声で話し掛けてきた。
「ね、ね。言われた通りにしたけど」
「お、ご苦労さん。ぱっと見、入れ替えたと分からないようにした?」
昨日相談された、女子二人のぞうきん戦争の件だ。私が頼んだのは、寺戸と野々山のぞうきんを入れ替えること。この合同体育の着替えの際に、一番最後に教室を出る体を装って、天瀬がやってくれたようだ。
つづく
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