第470話 違反を理由に

 私がつい先ほど主張した理屈だと、ハイネは私が初めてカードを取り落とした時点に遡って第一戦から、つまりはこれまでの対戦結果とは関係なく全部反則負けに処すのがふさわしいとなる。とてもゼアトスから同意を得られるものではあるまい。それに、私の言った理屈が私自身に跳ね返ってくるようなことにならないよう、細心の注意を払うのも怠らずにおく。

「私も賛同するよ」

 ところがゼアトスは予想に反して同意を示した。何で?と怪訝さを隠さず、彼とはハイネを交互に見る。

「ハイネ君、君はどう?」

 ゼアトスの問いにハイネは、「返答の必要、あります?」とふてくされ気味に応じた。

「自由意志で答えていいよ。それを僕が受け入れるか否かは別だし、どんな返事をくれたとしても評価に影響を及ぼさないと約束しようじゃないか」

「……では……」

 ハイネは暫時、思案するように首を傾げた。それは嘆息で終わる。

「自由にと言われましたけれども、私に非があったと認めざるを得ません」

 無念さを滲ませた口調だった。これまた予想と異なる潔さに、私は戸惑わざるを得ない。この神様達、芝居を打って、私を担ごうとしてるんじゃないかと勘ぐってしまう。

「自覚があったんだね。じゃあ、現在は反省も充分していると?」

「無論です」

 殊勝な受け答えに終始するようになったハイネ。芝居ではない、と思う。

「さて、キシ君。当事者たるハイネ君が見ての通り、認めた。ここは君の判定基準を採用すれば丸く収まる」

「はあ、確かにその通りですね」

「ただ――」

 おっと、来たぞ。芝居ではなかったみたいだが、条件はやはり付けてくるよな。

「――このままだと残りをハイネ君がすべて勝ったとしても、追いつけない。要はハイネ君の負けが決まってしまう。それは私もわざわざ足を運んだ甲斐がなく、つまらない。そこで相談があるんだがね」

「このまま続けると言うんでしたら、別にかまわないですよ」

 どうせ逆らえまい。反則勝ちで決着というのもすっきりしないし。

「いや、ちょっと違うんだな」

 ゼアトスは否定すると、ハイネに「向こうに行け」という手つきをやった。ハイネはややぞんざいに一礼すると、距離を取る。

「勝負を続けてもらいたいのはその通り。だが、我らの側の代表を、反則野郎の死神に任せてはいられない。代わりの者を立てることを受けてくれれば、非常にありがたいんだよね」

「……失礼になるかもしれないから先に謝っておきます。済みません、その代わりの相手というのは、もしや」

 最後まで言わず、私は右手のひらを返してゼアトスに向けた。

 対してこの神様は、ここまでで最大級の笑みを見せる。どうやら当たりだったらしい。

「察しがよくていいね、キシ君。気に入った。君の言う通りだよ。ハイネ君に代わって僕が出てもいいかな?」

「――おーい、ハイネさん? こちらの神様を相手に駆け引きをしても大丈夫なんだろうか」

 急展開に直面し、私は時間稼ぎを兼ねてハイネに意見を求めた。無論、まともな返事は期待していない。

「好きにするがよい。私にもゼアトス様のお気持ちは読めぬ」

「なるほど。ありがとな」

 ハイネからゼアトスに視線を戻す。と、相手も私の方をじっと見ていた。

「どんな駆け引きをしてくるのかな。楽しみだ」

「駆け引きと言うよりも、交渉です。ここから勝負を続けると言ったって、そのまま受け入れては私が一方的に損だから、色を付けてほしい」

「具体的には?」

「うーん、たとえば私はあと一つ勝つだけで、このギャンブル対決に勝利したと認めるとか」

「ふむ。その場合、僕の方は何勝すれば全体での勝ちが認められるのかな」

「多ければ多いほど、私としてはありがたいんですが」

 素直な気持ちを表明する。ゼアトスは「遠慮なく、数を挙げてごらん。たいていのことは受けるつもりだから」と余裕を見せる。私は、ゼアトスもまた特殊な能力を用いる可能性を思い描いた。いや、むしろ使わないと考える方がおかしいのかもしれない。

「……条件次第では、残りのゲーム分について勝ち越した方を最終的な勝利者とすることにしてもかまいません」

「これはこれは、優しいな。残りのゲームは四つか。偶数だと半端な気もするが、まあその辺は後回しだ。して、君の言う条件とは?」

「神様も人間と同じ能力しか持っていない体で、ギャンブルをやってもらえますか?」

「ふむ……」

 思案する風に顎を撫でるゼアトス。こうして真正面からまともに見ると、ハンサムだな。欧米の映画俳優に紛れ込ませても違和感がないかも。ただ、現代の日本の基準に照らすなら、顔も身体も骨格がごつくてちょっと旧いタイプの二枚目だ。

「持って回った表現をしていたけれども、要するに僕にいわゆる特殊能力を使うなという意味かな」

「その解釈で合っています」

「ふむ」

 ゼアトスはまた考える様子。うーん、ハイネ以上に抜け目ないタイプのようだ。しかも私をなめてかかってこない。

「受けるか否かの前に確かめたいことがあるんだ。さっきの君の条件はイカサマや反則を禁じているように聞こえなくもないが、そうではない、よな?」


 つづく

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