第471話 間違いなく上級者の仕業

 ゼアトスの適確な質問に、私はしばし絶句した。その間にも、相手は言葉を付け加えてくる。

「ハイネ君が特殊能力のやり過ぎで反則負けを喫した、そのあとから続く流れ故、特殊能力の使用禁止イコール反則・イカサマ禁止と受け取れる雰囲気になっている気がするんだが、これも含めて、君の計算かな?」

 やれやれ、見透かされていたか。胸の内では少々がっかりしたが、表面上は何事もなかったように応じる。

「ええ、もちろん。あ、計算というのは違いますよ。イカサマそのものを完全に禁じてほしいとは言ってない、という意味の『もちろん』です」

 私の出した条件だと、神様達が使うような特殊能力によるイカサマは認めないが、人間業としてのイカサマなら、ばれない限りOKという意味に解釈できる、というかそう解釈すべきなのだ。

 この条件下なら、私の方が有利になると思う。恐らく人間が編み出したイカサマの数々を、ゼアトスは知らないか、知っていても彼自身はほとんど使えないはず。

 さて、そこを見抜いたゼアトスが、どう出るか。

「何をもって特殊能力とするかを定義したいものだねえ。聞くところによるとキシ君は、神内さんの能力を一部、特殊なものではなくテクニックだと認めたらしいじゃありませんか」

「――ああ、あれは微妙なライン上だった」

 人がサイコロを投げる様を見さえすれば、神内はそれをコピーし、サイコロの出目を同じにできるという“テクニック”だ。

「あれをテクニックと認めたのは、特殊能力で同じ目を出せるんだとしたら、投げ方まで同じにする必要を感じなかったから、かな。人間の世界にも一人ぐらい、同じことをやってのける者がいるかもしれないし」

「ははは、いないと思うがねえ」

 苦笑いを浮かべたゼアトスは、同意を求めるかのようにハイネのいる方角を振り向いた。ハイネは話を聞いていたのかどうか、無言のままきちっとした首肯で応じた。

「まあいいや。キシ君がその認識で行くつもりなら、正直に伝えておこう。私もテクニックで、神内さんと似たようなことができるんだが、どうする?」

「そう来ましたか……」

 予想しないでもなかったが、今の言い方からして、神内が駆使したよりももっと高度なことをやってのけそうだな、ゼアトスは。もしかすると、私が他の手品的なイカサマをやれば、それすらもコピーして同じ動作を習得できるのかもしれない。

「まあ、認めるしかないでしょうね。神内さんのは容認して、あなたのは禁じ手扱いでは、不公平だ。教師としても、えこひいきはだめだと教えてきたつもりですし」

「これから定めるルールの話をしているのだから、君の信念だか信条だかに拘る必要はないと思うけれどね。私は賭け事は好きでも嫌いでもなく、ゲームとしてのギャンブルもあまりやったことはない。認められるのなら、遠慮せずに使うよ?」

 油断はしていないようだが、ゼアトスもまた人間を見下す気質を持っているのは確かだ。ハイネのやり方にだめ出ししただけあって、フェアにやろうという意識が強いと見える。そういう意味では神内に近い。ただ、今の発言――ギャンブルの経験が浅い――が真実だとしたら、ある意味、神内よりも厄介な相手になる可能性が生じる。というのも、正攻法にせよイカサマにせよ、ギャンブルではある程度のセオリーがあって、それを基にして心理戦を仕掛けたり、誘導を試みたりと裏を掻くのが常套手段だからだ。ゼアトスがそういったセオリーを有していないとすれば、仕掛けが不発に終わる恐れが大きくなるだろう。

 私はまた少し考えて、あることの確認がてら、条件の追加を試みた。

「取るに足りない人間相手といえども圧勝してしまうとつまらないと考えているのでしたら、ラッキーナンバーについては変えずにいてくれますか」

「――何のことだい?」

 一瞬、ほくそ笑むような表情を覗かせ、ゼアトスが聞き返してきた。絶対に承知の上での発言に違いない。

「あなたとハイネさんとのやり取りを聞いていて、すぐにぴんと来ました。このギャンブル勝負でここまで、私にとって6がラッキーナンバーになっていた。あれは本当にそうだったのではなく、ゼアトスさんが調節していたのではないですか? そしてそれこそが、あなたの言っていた勝負拮抗のためのスパイス」

 言い切ると同時に、ハイネの様子も横目で窺う。あの死神が勝負中にぶつくさ言っていたのは、私のラッキーナンバーを6としたのはゼアトスに仕業だと察していたからではないかと思えるのだ。

 その読み通り、ハイネは小さくだが首を縦に何度か振った。私の一瞥に反応したという訳ではなく、あくまでも自発的な仕種のようではあったが。

「おや。さすがに露骨だったかな。あとでハイネ君にも説明しようと思っていたのだけれども、これで手間が省けましたよ」

 いとも簡単にゼアトスは認めた。確かに隠し続ける意味はあるまい。せいぜい、私がいつまでもラッキーナンバーに拘って勝負に出ることを期待できる程度で、それとてハイネによる忠告が前もってなされた故、効果はほぼないと見なすのが当然だからだ。


 つづく

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