第14話 違和感その1

 風呂から上がり、さっぱりしたところで、ドライヤーを探す。

 ドライヤーそのものは簡単に見付かったが、洗面台で乾かす時間がもったいない。居間?に戻って、明日の予習を考えながらにしたい。

 そう思ってドライヤーを持ち、部屋の真ん中にあぐらを掻いて陣取る。ノートや教科を書を開いてから、コンセントを探した。

 これがまた見付からない。整理整頓はかなりされている方なので、探すところといったら、物が積まれている箇所に限られるのだが。元々、コンセントの少ない部屋のようだ。

 その探す最中に、固定電話から伸びるコードに気付いた。ケーブル先端の端子を壁のモジュラージャックに差し込むタイプだ。

 そのコードが抜けていた。

 連想して、今朝のことを思い出す。そう、吉見先生が訪ねて来てくれたときのやり取りだ。彼女は電話をしたが三度ともつながらなかったとか言っていたっけ。

 それも道理だ。線が外れていては絶対に通じない。この岸先生、携帯電話とかスマホとかをなるべく避けるタイプの人なのだろうけれど、それならそれで固定電話の管理ぐらいしっかりやってくれないと困る。

 これからはそれも私の役目か……などと思い、ケーブルの端子を差し込んだ。

「うん?」

 手応えのなさに首を傾げた。通常なら、差し込むと同時にカチッという乾いた音がしていいはず。なのに、しなかった。

 端子の部分を目の前に持ってきて、さらに顔を近付ける。指先で触れてみると、挿入した際にフックが掛かる仕組みになっているはずなのに、壊れているようだった。

 変だな。抜き差しするためのつまみが折れることはあっても、ここまでぐらぐらになるのは初めてお目に掛かった。無理矢理力を掛けて壊したように思えなくもない。しかも、ぱっと見には何ともないように。

 もしやと思い、端子を改めて壁の穴に差し込んでみた。そのままではゆるゆるだが、指で押さえて固定してやれば、通話はできるはず。

 ところが、時報のダイヤルに掛けてみたが、一向につながらない。何度かケーブルをしごいて伸ばしてみたり、軽く曲げたりしてみたが、状況は変わらなかった。

 もしこの岸先生が、パソコンでインターネットを頻繁にやる、そのために電話とパソコンをしょっちゅうつなぎ替える必要がある、なんて状況なら、端子の壊れ方にも納得できなくはない。しかし、この部屋の主は恐らくそういう人間ではない。となるとやはり、故意に壊されたと考える方が、筋が通るような……。

 岸先生が外部との接触を断つために、なんて説は最初から捨てていいだろう。今朝からの訪問者の様子で、岸未知夫はごく一般的な社会人としての生活を送ってきたと分かる。

 他に考えられるのは……掛かってくる電話に岸先生を出させたくなかった、というのはどうだろう。たとえば、二人の女性が岸先生を取り合っていて、一人がもう一人の女の電話をつながらないようにするため、ケーブルをこっそり引き抜き、壊した、とか。男の目から見て、岸先生がそこまでもてるようには感じられないが、断定はできないだろ、うん。でもまあ、彼の人となりを知るべく、あちこち漁った感じでは、親しく付き合っている異性がいる気配は微塵もない。現時点だけでなく、過去にもだ。

 ……前髪からぽたっと水滴が落ちて、床を濡らした。

 すっかり忘れていたが、髪を乾かすつもりでドライヤーを持ち出して来て、コンセントを探していたんだっけ。

 電話は明日パーツを買ってくるとして、コンセント探しを再開すると、やっと見付かった。冷め切った髪に温風を当て始めると、ぶぉぉぉという騒音に包まれた。

 ――ノックの音が聞こえた気がして、スイッチをオフにする。また音がした。

 慌てて身なりを最低限整え、玄関に走る。

「何でしょう? 風呂上がりだったもんで」

脇田わきただけど、隣の」

 おばさんなんだかおじさんなんだか判断しづらい声が、ドア越しに言った。


 つづく

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