第13話 違う未来にならないように
算数のテスト採点を終えて、他にも採点作業をしなければならない物はないよなと、鞄漁りを再開。
とりあえず何もないようなので安堵した。もしも連絡帳みたいなのがあって、一言コメントを一人ずつ書かなければならないとしたら、多分、無理だったろう。
そう思うと、明日、学校に行ったとして、うまくやれるのか不安がむくむくと入道雲の如くわき立つ。授業の準備ができていないのもそうだが、それ以上に、同僚教職員や児童と接するのが厳しい気がする。
せめて、児童一人一人のキャラクターを通り一遍だけでも押さえておきたいのだが、まったく手掛かりがない。
この岸先生が児童個人を全く知ろうともしないか、特定の子だけ贔屓するような教師だったら、演じるのはまだ楽かもしれない。だが、天瀬がそれなりに慕ってくるほどだし、児童との信頼関係はあるように感じられる。
対策が何も浮かばないので、ごまかす方法に考え方をシフトする。
休んだ理由を、頭を転んだか何かしたかで強く打ったことに決めてしまおうか。これならとんちんかんな受け答えをしても、頭を強打したせいだと解釈されるようにしよう。ベタだが、現状で打てる手はそれくらいしかあるまい。
授業の準備については、どこまで進んでいるかは教科書や帳面のメモ書きで分かったので、何とかなる。何とかするしかないのだ。
他に気を付けるとしたら、さっきの贔屓の話じゃないが、天瀬を贔屓しないように注意が必要かもしれないな。済ませたばかりの算数のテスト採点にしても、満点だからよかったが、もしケアレスミスで九十九点とかだったら、おまけしてあげようかという気持ちになった可能性が高い。そんなことは許されない。
……ほんとに許されないのだろうか。
私は天瀬の将来の夫だ。正直な心情を吐露すると、彼女のような人が、私みたいな中途半端に優秀な、外見も無難な程度に二枚目の、トップグループにいるが決して頂点には立てないタイプの男と、よく結婚してくれたと思う。※なおこの自己分析は、笑うところではない。真面目かつ客観的な意見も取り入れた評価だ。
ともかく、その感謝の気持ちを表すため、ちょっとばかし恩返し的に、贔屓をしたっていいんじゃないか。他の児童に迷惑はほとんど掛からないはずだ。そりゃもちろん、相対評価が原則の小学校、一人くらいは押し出されて評価が5から4に落ちる者が出ないとは言い切れないが、大勢には影響なし。
――いや、だめだだめだ!
こんなことで惑うな、貴志道郎。冷静になれ。
……そう、冷静になれば分かる。ここで天瀬に贔屓したことで、彼女の未来が変わらないと言い切れるか? もしも進路が変わったら、彼女と私とは知り合えないまま終わるかもしれないんだ。結婚も何もかも、吹っ飛んでしまう。
そんな危険はおかせない。
私はこの時代の天瀬が受けたであろう正当な評価を、粛々と与えるだけでいいのだ。
現在、私が優先すべき事柄が二つ、はっきりした。元の時代に戻る方法を探るとともに、過去を変えないようにする。これだ。
私は変な迷いを断ち切り、明日の準備のために、他に何かないかを考えた。
そうだ。
風呂に入ろう。
つづく
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