第135話 流行前の流行語は流行語とは違う?

 結果から記すと、最終第五戦は天瀬達が取って、優勝を飾った。カードの強さで言えば不利だったものの、対戦する相手手札との組み合わせで勝てた。他の組み合わせならばどれになっていても負けになったという、薄氷を踏む勝利だった。

 私の個人的感情としてはこの結果はよかったし、素で喜んでいる天瀬を見られてよかったとも感じた。

 でも、それとは別に、六谷に対する困惑がますます広まっていた。

 勝負の最中、六谷はうまく組み合わせられないカードを手に、「これをどげんかせんといかん」と言い、うまい組み合わせが見付かったあとには「ととのいました」というフレーズを口にした。

 私は審判を終えたあと、本来なら皆に各部屋へ戻るように言って、見回りの準備に取り掛かるべきところだったが、どうも気になったので、天瀬を掴まえて確認してみた。

「六谷君は、家族が九州出身なのかな?」

「え? 知らない。聞いたことないよ」

 何でそんなことを私に聞くのって風な目で見つめ返された。

「あ、いや、さっき九州の方言を口走ったみたいだったから」

「あー、そうだったよね。いきなりだったから、ちょっとびっくり知っちゃった。気になるのなら、六谷君に直接聞けばいいじゃないですか」

「うん、そうだな」

 早く部屋に戻れよと付け足して、送り出した。「もう、そっちが呼び止めといて」と返されてしまったが、しょうがない。

 女子に聞くことに無理があるかなと考え直し、次に残っていた織本に聞いてみたが、やはり知らないとのことだった。少なくとも九州出身じゃないと思う、とも言った。

 子供達に聞いたものの、おおよその想像は付いていた。例のもやもやデータを覗いてみたのだが、六谷の属性に九州とのつながりを示すものは一切なかったのだ。

 もちろん、岸先生が把握していないだけという可能性も残るが、他にも似たような事柄が心に引っ掛かっているため、厳密な検証はしなくていいだろう。

 こう書いてきて、とうにお分かりと思うが、私が気にしているのは、六谷が使う言葉にたまに挟まれる流行語についてである。

 九州云々というのは無論、「どげんかせんといかん」のことである。方言だが、ときの宮崎県知事が頻繁に使ったことで、全国的に知られるようになった。けど、それって二〇〇四年よりもあとじゃなかったか。

 最初にうん?と思ったのは、「そんなの関係ねぇ」である。断るまでもなく、お笑い芸人の持ちギャグであるが、これが流行ったのは私の記憶では自分が、つまり貴志道郎が中学か高校のとき。少なくとも、小学校のときには流行っていなかったことだけは断言できる。貴志道郎が小学生のときとはつまり、今だ。この二〇〇四年の時点で、「そんなの関係ねぇ」をギャグとして使う人物はいないはず(当の芸人がもう使い始めていた可能性はあるが、斟酌しなくていいだろう)。

 やはり六谷が言っていた「ととのいました」も同様である。「そんなの関係ねぇ」よりはインパクトが弱かったものの、流行に乗ったのはもっとあとだったという記憶がある。

 ただし、「そんなの関係ねぇ」にしても「ととのいました」にしても、日常会話で使わなくもないフレーズと言える。なので、これを使っただけでおかしいとは決めつけられない。六谷のキャラクターに合っていないというのはあるが、完全否定は当然無理だ。

 でも、似たようなことがいくつも重なるとどうだろう。「そんなの関係ねぇ」に続けて六谷が口にした、「あなたとは違うんです」も流行語になった記憶がある。お笑い芸人のギャグと違い、政治家の発言であり、いつ頃流行したのかは定かではないけれども……ぼんやりと覚えている範囲では、今(二〇〇四年)の首相よりもあとに首相になった人が、首相退任時にした発言だったような。

 そうそう、3vs3ポーカー二回戦で勝った直後、六谷が口走った「チョー気持ちいい」もだ。五輪の水泳種目で、日本選手が金メダルを勝ち取った直後のコメントでこう言って、大流行した覚えがある。が、あのオリンピックは確かこの年の八月に催される大会である。つまり、「チョー気持ちいい」はまだ世の中に出ていないはずなのだ。これまた、若者言葉として一時、何にでも「チョー」を付けるのが流行ったことがあったので、六谷が水泳選手よりも先に「チョー気持ちいい」と言っても不思議ではないが……。

 あっ、そうだ。ギター芸人のギャグも言ってたんだっけ。あのギター芸人が今年テレビに出て一躍ブレイクするよりも早く、「残念!」とかなんとか言っていたらしい。六谷自身は、テレビで見るもだいぶ前に、ショッピングセンターか何かの催し物で見たんだと説明したそうだが……こうも重なってくると、不自然さが気になって仕方がない。

 気になるものの、どうすればいいのかは非常に迷うところだ。

 六谷に直接聞けば、案外簡単に解決することなのかもしれない。全ては偶然だとして片付けることだって、否定はできない。だが、何かおかしい。


 つづく


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