第136話 タイムスリッパーは一人だけに違いない、という思い込み

 うーむ。普段の学校なら、何らかの理由を付けて六谷と面談し、背景を探ってみるという手段を執れなくはないだろう。が、今、修学旅行中とあっては無理だ。他にも気を回すべき事柄が山のようにあって、とてもじゃないが対処しきれない。

 終わってからの宿題だなと割り切って、ひとまず棚上げすると決めた。


             *           *


(あれだけ入れたんだから、分かっている人には伝わったんじゃないか)

 自分達一班の部屋に戻って、みんなで布団を敷きながら、六谷は脳内で今日これまでの出来事を振り返っていた。

(岸先生の特別な力が、未来から来たおかげじゃなく、超能力――未来を知ることができる能力であったとしても、別にいいや。元に戻れるヒントが掴めそうであるならば、思い切ってこちらの状況を打ち明けてみてもいいんじゃないかって、改めて思えてきた。だからこそ、ゲームの間中、未来の流行語をわざとちりばめてみたけれども……吉と出るか凶と出るか、果たして)

 あとはしばらく反応を待つだけだ、と唇をかみしめる。

 そう、六谷直己もまた、未来からこの時代に強制的に連れて来られていた。小学六年生のときの、彼自身の身体に。

 超常現象について懐疑派だった彼が、宗旨替えするに至ったのも当然で、未来から過去の自分へ精神だけがタイムスリップするなどという摩訶不思議なことが我が身に降りかかれば、嫌でも意見を変えざるを得ない。

 六谷がいつ、こんな目に遭ったのか。大晦日だというのに結構勉強して、父親からも母親からも、明日くらいはお正月気分に浸ったらと勧められ、どうしようか、誘惑に乗る方にちょっと傾きつつも、頭脳労働が堪えたのかくたくたになって床に就いた。そして朝、目が覚めると――二〇〇四年の正月一日だった。

 自分の身体が縮んでいると知ったときには、これは夢だな、変な初夢を見たもんだ、いや待てよ大晦日から正月にかけて見る夢は初夢じゃないんだっけ、などと考えながら再び布団に潜り込んだのだが、次に起きたときもやはり身体は小さいまま、時代は二〇〇四年の正月のままであった。

 これは一体どうしたことだと布団の中で上体を起こし、腕組みまでして頭を捻ってはみたが、結論が出るはずもなく。起こしに来た母親に思わず、「若い!」と声を上げてしまった。

 母親はびっくりしていたが、すぐに苦笑いを浮かべて、「おだてたってお年玉の額は変わりませんからね」と言ってきた。そうか、お年玉をもらうような年齢なんだ。六谷は普段なら暗算で済ますところを、そのときは頭の回転に自信が持てなかったから、指折り数えて、小学五年から六年に上がる歳だと把握した。

 それから慣れるまでのあれやこれやは、長くなるので省略しよう。機会があれば、また別の形で語ることになるかもしれない。

 突然、小学五年生の正月に時代を遡らされた六谷が決めた行動の指針は、次のようなものだった。


・タイムスリップ?したことは誰にも言わない。

・戻る方法が分からなくても自暴自棄にならない。

・過去を変えかねないようなふるまいはなるべく慎む。たとえばこれから先、起きることを知っていても金儲けに使わない。事故や事件を未然に防ぐことは諦める。ただし、テスト問題については仕方がないものとする。


 これで全てではないが、要するにこれから歩むのは二度目の人生ではなく、あくまでも初めて体験する人生なんだという思いを念頭に置いて行動しよう、そんな決め事である。

 六谷自身にとって誤算だったのは、自分が中学生の半ば頃から、お笑い好きになっていったこと。おかげで、つい、お笑い芸人のギャグが口をついて出そうになり、辛抱するのに非常に苦労した。希に、言ってしまうことも何度かあったが色々と言い訳を尽くし、どうにかこうにか切り抜けてきた。

 もちろん、このまま成長していこうと覚悟を決めたのではなく、戻れるものなら戻りたいと、図書館に通ったりインターネットを使ったりして、手掛かりを集める努力はしたのだが、はっきり言ってこんなオカルトな現象、系統立った科学的アプローチが試みられたケースはほとんどなく、あっても肯定的な成果は皆無と言ってよかった。

 調べることに徒労感を覚え、飽きてきたのがゴールデンウィークの頃。一度はガリ勉として過ごした小学生時代を、今度は思い切り遊んで楽しむのも案外悪くない、と思い始めた六谷に、何かの意思か単なる偶然かは分からないが、新たな道が示された。それが五月の半ば。

 そう、早朝の小学校校舎で岸先生の独り言めいたつぶやき――「十五年前に戻ったというだけで」――を、たまたま耳にしたときだ。もしかしたら、岸先生も自分と同じく、未来から過去に戻された人間の一人なんじゃないか?と考えたのは、無理からぬところであろう。

 以来、先生本人に直接聞いてみるのはいつにしようか、タイミングを探っていた。

 本心では、すぐにでも行動を起こしたかったのだが、思いと実際とがだいぶ異なることになったのは、岸先生の周辺が騒がしかったからというのが大きい。


 つづく

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