第501話 違う漢字 ※「真〇人フラグ」考察への目配せのような違うような
ちょっと苦笑してしまった。人畜無害と思われたのか、それともちゃんとした交際相手がいると認識されているが故か。
「あと、急にお誘いしても時間の都合が付きそうな方という条件もありましたけど」
最初に聞いたときは無茶な計画だなと思ったが、そこそこ考えているのね。
さあて、この話、時間が有り余っている状況なら、引き受けてもいいなと思えたんだが、現在はタイミングが悪い。元の時代に戻るためになすべきこと、考えねばならないことがある。彼氏のふりをするのは、心理的な負担が大きそうだ。下手すると、一度きりではなく、二度三度とお芝居をする羽目になるかもしれないしな。
「お話は理解しました。が、うーん、どうだろう。難しいかもしれません。一回こっきりなら大丈夫だと思うんですが、その後は私も予定が詰まってくる可能性大なので……その、付き合っている相手女性の都合がはっきりしてくれば、ですね」
八島華の存在を思い出したついでに、利用させてもらうことにした。
「あ! そうでしたわ。いけない、私ったら気を遣ったつもりが全然だめだった。ほんとに申し訳ありません」
恐縮しきった声を聞いて、平身低頭する吉見先生の様が脳裏に浮かんだ。あまり恐縮されるのも気が引ける。
「他人事なのでずばり聞きますけど、一度くらいお会いしてみるという選択肢はないのですか。その伯母さんもひとまず納得するでしょうし、相手の方がもしかしたらよい男性で、吉見先生が今はそんなつもりはないと言えば、待ってくれるかも」
「いやいや、岸先生、ご冗談を。待つような男性がお見合いという手段を選びはしません」
「それもそうか……。それでも一応、プロフィールや顔写真だけでも確認してみてはいかがです? その、吉見先生のお気持ちが揺らぐぐらいの男性という可能性、ゼロではないでしょう?」
「ああ、プロフィールなら母を通じて見せられたんです。伯母が相手側から聞き取っただけの、ごく簡単なものでしたが」
外堀を埋めに掛かってくるのは目に見えているから、早々にシャットアウトしたいといったところか。
「生命保険の会社に勤めていて、お給料は結構いいみたい。一応、趣味は合いそうなところもあるんですが、その反面、伯母がちょっと入れ知恵をしてるんじゃないかと疑ってもいるんですよ」
疑いとは穏やかじゃない。私が黙って耳を傾けていると、吉見先生は憂さ晴らしみたいに話し始めた。
「趣味の一つに読書とあって、特に印象に残っている本として『博士の愛した数式』と『葉桜の季節に君を想うということ』、そして『グイン・サーガ』シリーズを挙げているんですが、何となく、この『グイン・サーガ』は私が愛読していたことを知って、後から付け加えたんじゃないかという気がします。というのも、伯母は私が小さな頃に何度か『グイン・サーガ』をプレゼントしてくれましたし、『ハリー・ポッター』が世間的に大きな話題になった頃、環奈ちゃんも何とかいうファンタジー作品が好きだったわよねと伯母とやり取りしたことがあって、その記憶から伯母が書き足したんじゃないかなという気がして成らないんです。どう思います?」
「あー、うーん、あとから付け足すにしては『グイン・サーガ』はあまりにも長大で、危険なんじゃないですか。『グイン・サーガ』好きが嘘だとしたら、お見合いの席でその話題になったとき、大変でしょう。付け焼き刃で読んでどうにかなるレベルじゃない」
「ああ、そういう見方もありますね。やっぱり私の思い過ごしかしら。だからといってお見合いを受けようとまではなりませんけれど」
「はは、何て名前の人だか知りませんが、ちょっと気の毒になってきました」
「
「……え?」
私は吉見先生の説明を聞き、頭の中で漢字を組み立てて、ふとあることに気が付いた。
「それって
「そうでしたそうでした。凌ぐと読むんだわ、これ」
「あの。吉見先生、失礼に当たるかもしれませんが、お相手の方は物凄くご高齢なんてことはありませんよね」
「ええ? もちろん違います。そもそもお見合いの相手と決まった訳ではありませんが」
「逆に物凄く若い、たとえば十四歳ぐらい、なんて馬鹿なこともないですよね?」
「あの、岸先生、何を言っているのか……。付き合いきれないと怒ったのなら、はっきり言ってくださいませんか」
「い、いえ、怒ったんじゃないですよ。変なことが引っ掛かったものでして。こういうのは女性の方が詳しいと思い込んでいましたが、そうでもないのかな。記憶に間違いがなければ、“凌”の字が人名に使用できると認められたのは、一九九〇年頃だったんじゃないかなって」
つづく
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