第188話 違うようで似ているところも

 その六谷直己は病欠が長引くのかと思いきや、翌日水曜日の朝、何ごともなかったかのようにあっさり戻って来た。

 職員室でその事実を知り、拍子抜けする私の前に、六谷は普段通りの様子で現れた。

「岸先生、ご心配をおかけしました。母がこれを渡せって」

 手紙だった。短く簡潔な文章で、訪問時に不在にしていたことを中心にお詫びの言葉が並べてあった。

「こんな物、書いてよこさなくてもいいんだが、まあ、気持ちは受け取りましたと親御さんには伝えておいて。それよりも完全に復調したのかい?」

「うん。すっごい高低差のあるジェットコースターみたいに体温が上下して、ガタガタ震えたり暑かったりで、一時は気分が悪くまでなったけれども今は大丈夫」

「そうか。ならよかった」

 通り一遍のやり取りのあと、さて例の話はどうしようかと思案する。と、六谷の方から「ちょっと内密のお話が」と小学生らしからぬ、高校生ならまあ納得できる単語をセレクトして言ってきた。

「よしいいだろう。こちらからも聞いてみたいことがあるんだ。とりあえず、七分ぐらいしかないが、話すか」

 私達二人は職員室を出て、校内の裏庭と称されるスペースに足を運んだ。全体にほぼ日陰で、朝の時間帯は六月でも快適だ。

 私は時間の少なさを考え、とりあえず昨晩思い浮かんだことから聞いた。

「西崎って人がどうしたかなんて知らないけど」

 という想定通りの返事をよこした六谷。こっちも「だよな」と言い掛けたんだが、六谷の顔が何かを思い出そうと努力している風だったので、ちょっと待つことに。

「でも……言われてみれば何かあった気がしてきた。あれは確か今頃の季節だった記憶がある。学校の用務員さんが交通事故に遭ってしばらくおやすみしますって、校長先生が言っていたような」と言った。

「交通事故か」

 私は今朝、西崎さんが来て仕事をしている姿をこの目で見ている。昨日のことがあるから、長めの挨拶もした。事故に遭っていないのは間違いない。

「西崎っていう名前かどうかは覚えてないけど、用務員が被害に遭ったのは確かだった……と思う」

 絶対確実だと断言するには記憶がおぼろげなんだろう。やむを得まい。現状、これだけ聞ければ満足だとしておく。この学校に用務員は一人なんだし。

 以下はもちろん想像になるんだが――当初の二〇〇〇四年と今進行中の二〇〇四年とを比べて、西崎さんに関する事柄を抜き出してみると、大きく違うのは西崎さんが交通事故に遭ったか遭っていないかいう点と、西崎さんが私と食事をあの店で共にしたかどうかであろう。これらを単純に結び付ければ、私がというか岸先生が故郷に帰らなかった結果、西崎さんは私と昨晩食事をすることになり、交通事故に遭わずに済んだと見なせる。ついでに言うなら、岸先生が故郷に帰らなかったのはアパート襲撃事件が比較的大げさにならなかった結果、岸先生の実家の家族に伝わらなかったからであろう。そしてそうなったのは私がこの時代に送られてきたからと言える。

 六谷が最初の二〇〇四年のときに聞いた交通事故が何月何日の出来事か判然としないのはネックだが、恐らく間違いない。この件はこれでおしまいと考えたのに、六谷が徐々に記憶が甦ってきたらしい。話が続く。

「あ、何か段々思い出してきた。って言っても、当時から噂レベルだったんだけどさ。その交通事故って、歩道を歩いていた用務員が車道にいきなり飛び出したっていう話を聞いた」

「え……それは本当か」

「だから噂で聞いただけだって。何だっけ、結局は立ちくらみとか酒に酔ってふらついたとか、そういう事情があったってことで落ち着いたと思うよ、確か」

 根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だと感じたのか、急に投げやりになる六谷。この辺り、中身はやっぱり一般的な高校生なんだなと実感できるような。

「先生また僕にだけ一方的に話をさせて、ずるいな」

「すまん。話すからにはじっくりと――」

「時間が今はないのは分かるよ。でも何かあるでしょ。一言二言で説明できる情報みたいなものが」

 六谷の望みもよく分かる。私はざっと検討して、これならどうにか話せるなという情報を見付けた。

「一応だが、明るいニュースがある」

「えっ何?」

「このタイムスリップは天の意志というか、平たく言えばいわゆる神様的な存在が仕掛けてるようなんだ。夢の中で何度か話したから確かだと思う。そいつが言うには、僕も君も元の時代の元の自分に戻れる」

 これなら前向きになれるだろうから、あまり深くは考え込むまい。ただ、何らかの使命をクリアする必要があることは、現時点では伏せておく。

「……普通なら頭大丈夫?ってなるところだよ」

 表現しづらい顔つきになる六谷。失笑と呆れと納得と、そのほか色々混じったような表情だ。

「詳しく聞きたいことがあるんだけど、どうせ時間切れでしょ。あとで聞くことにするよ。でもどうやらこれって、最終的には認めざるを得ない雰囲気をひしひしと感じる」

「その通りだとしか言えない。僕だって本来は信じない口だったのに、こうもしっかり体験してしまうと認めざるを得ないんだから」

 この言葉に対して、六谷は「案外似たところがあるかもしれないね、僕ら」と言った。そうなのかな。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る