第262話 事実とは違うが将来を見越して

 なかなか聡いな。

 昨夜から今朝にかけて神内とやり取りしたことについて、六谷にはどこまで話そうか迷っていた。ある程度は隠すか、オブラートに包んだ表現を取るべきだろうという判断に傾いていたのだが、ここまで察しのよさを見せつけられると、下手に隠すのはよくない結果につながりそうで、躊躇が生まれる。

 かといってすべてを明かすのも、いくらか問題を含んでいる気がするのだ。特に、天瀬にとっての将来の危機が、六谷のせいでもたらされる可能性があるなんてことを正直に話すのはどうなんだろう? 六谷とは今後も協力しなければいけないだろうし、神様とのギャンブルでもコンビを組むことになりそうだ。余計なわだかまりや疑心暗鬼を生みかねない情報は、なるべく伏せておくのが吉だと思う。

「なるほど。鋭い」

「お、当たり?」

「ああ。あまりにもずばり的中だから、てっきり、君のところにも神様が現れたのかと思ったよ」

 方針を固めた私はこんな切り出し方をした。

「神? そんなの来てないよ」

「うちには来た。といっても夢の中にだが」

「本当に夢なんてことはないよね? どんな話をしたのさ?」

 このままだと職員室に着いてしまうので方向転換し、外に出た。使われなくなった焼却炉が近くにある裏口周りのスペースだ。上履きのまま行ける範囲は限られているが、昼は滅多に人が来ないようだから内緒話にちょうどいい。

「午後の授業まで時間があまりないし、まずは一番重要な点を簡単に言うぞ。天界におられる方達とギャンブル等をすることになりそうだ」

「天界って神様と? ギャンブルって何で?」

「勝てば君の使命は達成されたことにしてくれるらしい」

「先生がギャンブルで神様に勝てば、チャラになる?」

「違う違う、僕と君とで、神様とやるんだよ」

「あ、そりゃそうか」

 ぺしっと、頭を自ら叩く六谷。芸人の動きっぽく見えるのは、お笑い好きが出ているのかもしれない。

「だけど随分と気前がいいね。普通に考えたら使命を果たすには、その年になるまで掛かりそうなのに」

「簡単に突破できるハードルじゃない」

 私は限られた時間で効率的に話そうと努めた。

「さっきギャンブル等と言ったが、実際に越えるべきハードルはギャンブルを含めて四つ用意されるらしい。クイズ、つまり頭脳を試すのが一つに、体力的な勝負が一つ、運と記憶力を試すのが一つだそうだ」

「それらを僕と先生とでそれぞれやるのか、大変そう」

「あ、いや、二人で四つをクリアできたらOKって言ってたな」

「そうなんだ? ちょっとは気が楽になった感じ」

 安堵する六谷の表情を見て、例の“保険”についてはまだ話さない方がいいなと判断した。すなわち――四つの関門それぞれに責任者を設定し、突破できなかった関門の責任者が六谷ではなかった場合のみ、六谷には現状での再挑戦権が与えられるというルールだ。

 このルールを早くから知っていたら、土壇場での集中力や粘りによくない影響が出る恐れがある。知っていることでリラックスでき、いい結果につながる可能性ももちろんあり得るが、今は伏せておく方が無難に思えた。明かすことはいつでもできるのだ。

「簡単じゃないと思ったのには、何か理由があるの?」

「ああ。何ていうのか知らないが、下っ端の神様と試しにギャンブルをしてみた。サイコロを振って出た目がキーポイントになるゲームなんだけれども、相手はサイコロを投げるポーズを一度するか見るかすれば記憶して、完璧にコピーできた。つまり、一度出た目なら狙って出すことができるんだ」

「ええー? チートじゃん」

 二〇〇四年頃の小学生がチートという言葉を当たり前に使っていたのか気になったが、思い出せない。まあ、本来の意味とほとんど違わないし、使っても問題あるまい。

「それじゃあコテンパンに負けたんだ、先生」

「まあ、実質負けだな」

 最初は勝ったと言うつもりだったが、これも油断を招かないように負けを強調しておく。

「途中で色々と難癖を付けて、ルールをねじ曲げてやっと五分って感じだったな」

「ふーん……本番でも難癖を付けることはできるかな」

「無理だろう。下っ端が相手だったし、お試しでやってくれたからこそ、途中でも変更を聞き入れてくれたんだと思う」

「そうかあ、厳しいな。あ、でも先生ってそもそもギャンブルどれくらい強いんだろ?」

「人並みかほんの少し上と自負しているがな。修学旅行のときの変則ポーカーも、割とそつなく対処していたつもりだが」

「一回、テストさせてもらってもいい?」

 いや、しばらくギャンブルをしたい気分じゃないんだが。正直言って、昼を過ぎた今になっても疲労感が半端なく残っている。寝不足だけではない、頭を使ったことによる疲れが如実に表れていた。そういったことを言って、断った私に対し、六谷は案外、食い下がってきた。いや、彼からすれば将来の恋人の命が懸かっているのだから、今からできる限りの策を練っておくのが当たり前だ。

「じゃあさ、頭の回転の速さをみたいな。大人になると固くなるって言うじゃない」

「ふむ。つまり、何をして試そうって言うんだい?」

「クイズを出すよ。引っ掛け問題とかなぞなぞとか」


 つづく

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