第24話 オリジナルとは違うように

 映るのが自分の顔でないことにはもう慣れた。

 声が漏れ出たのは、今現在の懸案事項に対する答が、その鏡に映し出されていたからである。

<次回ニュースポーツ 靴下脱がしレスリング(仮)>

 と文字が浮かんでいた。

 またも想像するほかないのだが、これは恐らく、岸先生自身の記憶。他人を見ることで頭に浮かぶもやもやデータは、鏡を通して岸先生の姿を映すことで彼自身のものも読み取れるってことか。ありがたい。

 ついでに分析しておこう。昨日、家の中で何度か鏡を見る機会はあったが、こんな文字が浮かぶような兆候はなかった。ということは今朝感じた違和感から推測するに、やはり岸先生の仕事着であるスーツを身に着けたときだけ、発揮される能力ってことになりそうだ。

 ところで。

「靴下脱がしレスリングって何……?」

 答が分かったというのに、新たな困惑が生まれていた。


 下校前に吉見先生のいる保健室に立ち寄って、「すみません、やっぱりペタンクは私の腕前があれなんで、もうちょっと上達してからにします。代わりにちょっと身体を使うことをやると思いますが、怪我はないと思います、はい」と急ぎ口調で伝えて、逃げるようにして立ち去った。

 ネットカフェに寄り道して、靴下脱がしレスリングについて調べてみたら、簡単に情報が出て来た。テレビのバラエティ番組の一コーナーで、サイトに書いてあることが事実であるなら、正直言ってけしからん内容だ。ルールは単純、三対三のチーム戦で、レスリングというかプロレスごっこ的な動きで靴下を脱がし合い、先に脱がした方の勝ち。変なのはここからで、出演は女子児童に限られ、番組側が用意したミニスカートの衣装を着たとある。どう考えたっておかしい。

 ただ、体操着姿で、一対一で行うのなら、何とかなるんじゃないかとも思った。実際、体育の授業で相撲を取らせる(もちろん体操着だ)のはやったことがある。あれのバリエーションだと見なせるだろう。靴下はどうしよう。新品のを持って来させるか。待てよ、靴下によって脱がせやすい・脱がせにくいってのは絶対にあるよな。勝負の公平性を保つには、靴下は私が全員分を用意すべきなのか? いやいや、そこは児童の自主性を尊重して、戦略的にきつい締め付けの靴下を持って来る子がいたっていいじゃないか。

 等々と、考えを巡らせている内に、無駄にネットカフェで過ごしていることに気付き、そそくさとこれまた逃げるように店を出た。


 帰途、たまたま見付けた電気屋に寄って、電話のコードを購入した。自宅に帰って電話につないで、無事に通じることを確認すると、あとはまたクラブ活動の競技について思考を集中する。

 体重差を埋めるためのハンデとして、小柄な方には手袋も着用させ、大きい方はその手袋も奪い取らなければ勝ちにならないことにしたらいいんじゃないかとか。あるいは、禁止技を細かく決める必要があるかもしれないとか。

 夕飯の準備を経て、食べているときも、帳面に思い付いたことを書き出していった。つい、声にも出る。

「関節技、絞め技、打撃は禁止。打撃には頭突きも含めるってはっきり言わないと、子供には分からないかもな。髪の毛を掴む、目潰し、噛み付き、引っ掻きは論外。金的はもちろんのこと、直に握るのも禁じる。つねったり、耳を引っ張ったりするのもだめ。身体を持ち上げるのは……あり。だが、投げるのは禁止」

 書き出してみると、禁止技のなんと多いことか。“レスリングのルールにプラスして投げ禁止”と言えたらどれほど楽か、よく分かる。

 そういえば、スタート時はどんな体勢で始めるんだろう。相撲みたいに、蹲踞から構えるのかな? 漠然とそんなのをイメージしていたが、考えてみるとそれだといつまで経っても立った状態で、靴下を脱がせられる姿勢にはなかなかならない。競技場の広さにもよるが、すぐにリングアウト?してしまう可能性も高い。

 最初から立っていない、つまりグランドから始めればいいのか。そうだ、思い出した。レスリングごっこ的なレクリエーションのやり方があったな。あれは――二人が足を延ばした状態で床に座り、背中合わせになる。その体勢からスタートの合図で、各人は左回りに動くようにする。バックを取られて身体を床から引き離されたら負け――というルールだった。この勝敗判定を、靴下を脱がされたら負けに置き換えれば、いけそうだ。


 つづく

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