第23話 勘違いを乗り越えるための策

「なになに?」

「今日は体育がないから、難しいかもしれない。放課後を待てば、やれるかもしれないが。いや、でも当人らがその直後に来た方がいいから、やっぱり無理か」

「何言ってるの?」

「確か、明日は体育の授業が」

「あるわ。合同体育ごうたいだけど」

「なら、そのときにしよう。天瀬さんにやってもらいたいことがあるんだけど、大丈夫かな」

「できることだったらするよ。どんなこと?」

「じゃあ」

 大っぴらに耳打ちするわけにも行かないので、小声で伝えた。聞き終わった天瀬の第一声は、「そんなのでうまくいく?」だった。まあ、仕方あるまい。私だって一〇〇パーセント成功するとは全く思っていない。

「まあ期待しないで、試しにやってみるくらいで気持ちでいいさ」

 そう言い置いて職員室に向かおうかと思ったのだが、時間が中途半端になっていた。


「今度の金曜は、何をやるんですか」

 放課後になり、私の体調を心配して職員室まで様子を見に来たという吉見先生に問われ、はあ?となった。そして、一つ大きなことを失念していたと気付かされた。

 小学校にもクラブ活動は授業の一環としてあるし、教師は基本的にどこかのクラブを受け持たねばならない。

 一週間の授業時間割にもクラブ活動はあるのに、何で気が回らなかったかというと、この学校では二週間に一度、金曜の五,六時間目に行われることになっていて、クラブ活動がない週は、委員会活動に充てられている。その二つを小さなマス目に併記しているため、時間割の表で見ると文字が小さいのだ。

 というのは言い訳だな。あり得ないことが起きたこの流れに翻弄され、対応するのに精一杯だったってのが、正直な心情だ。教師なら気付いてしかるべきなのに、忘れていた。

 一くさり心中で反省をしてから、私は授業計画表の資料を繰って、何のクラブをやっているのかを確かめる。もちろん、吉見先生には次の金曜の予定を確認しているように見えたはず。

 この肉体の持ち主である岸先生は教員の中では比較的若いから、当然スポーツ関係のクラブであろうという予想は立ったが……。

『ニュースポーツクラブ』

 その名称を見たとき、私の目はきっと点になっていたに違いない。

 ニュースポーツって何だっけ? 一瞬、ニュース・ポーツクラブと切って読みそうになったほど、馴染みがない。だからといって、全く聞き覚えがないというものでもなく、どこかで見聞きしたような。

「最初に取ったリクエストで多かったスポーツチャンバラは、道具を揃えるのが大変で、やはり難しそうですか。私の立場としても、怪我人が出るのは避けて欲しいですから気になって」

「は、はあ」

 スポーツチャンバラと聞いて、何となく分かってきた。ニュースポーツとは、レクリエーションとして行われることの多い、軽めのスポーツ、かな? 児童と一緒に身体を使って行うゲームという形で、いくつか覚えた記憶がある。子供達を相手に実践したことはまだ一度もない。

「前回やった靴飛ばしは盛り上がっていたみたいですね。その前の、何でしたか、シャフルボール? シャフルボード? あれは一度に参加できる人数が少なめでいまいちだったようですが」

 で、次は何ですか?とばかりに、興味ありげな視線を見向けてくる。さっき本人が口にしたように、保健の先生としては気になるのは当然だろう。

「――ペタンク」

「え?」

「ペタンクにしてみようかなと」

 かろうじて覚えていたレクリエーションゲームの名前を言ってみた。ペタンクをやっている様は思い描けるのだが、いかなるルールだったかまではほとんど覚えていない。

「そういうのがあるんですね。カエルみたいなイメージですけれど、怪我の恐れは?」

「まずありません」

 道具があるのか気になったが、なくてもペタンクなら何とかなるだろう……多分。だめなときは、他の何か道具のいらない競技も探しておかねば。

 気掛かりは、前回のクラブ授業の終わりに、次回の予告を児童達にしていなかったかどうかだ。こういうとき、岸先生自身のデータを見ることができたらいいのだが、生憎とそういう仕組みにはなっていないようだ。いくら念じても出て来ない。

 あきらめて、ニュースポーツクラブに入っている児童を誰か掴まえて、聞いてみるとしよう。変な顔をされるに決まっているが、体調不良を言い訳に使えばいい。でも、部員を見付けるのは放課後だから難しいか。明日の出席点呼の際に、その気になってもやもやデータを活用すれば、表示されるはず。我がクラスに少なくとも一人くらい、ニュースポーツクラブの部員がいるだろう。

 イレギュラーで明日やることが増えたぞと、ちょっと気が重くなってきた。これからしばらくは、こんな調子で日々を送ることになりそう……。ため息を吐きながらトイレに入り、用を足して洗面台の前で手を洗う。

「……あ」

 鏡を見たとき、思わず声が出た。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る