第62話 根っこが違う事件?
「ああ……でしたね」
当然と言っていいのかどうか、脇田のおばさんは私がどういう経緯でこんな目に遭ったのか、大まかに知っている。今日、退院してきたところをつかまり、戸締まりは厳重にしなきゃいけないよ、こっちまでとばっちりを食らうのはごめんだからねと注意されたのだった。
「ちょっと前までいたのは、父兄の人だね。その子供をあんたが助けた」
「母親と娘さんです。多分、ご挨拶したと思うのですが」
天瀬母子はここに引っ越しの手伝いに来てくれたのだから、そのときにお隣さんと話ぐらいしているだろうと踏んで、言ってみた。外れていたなら外れていたで、記憶違いで通るはず。
「言われてみれば……」
案の定、脇田さんは曖昧にうなずいた。
「そんなことよりも、お番菜、いるでしょ」
後ろ手に持っていたタッパーを、前に持ってきた。
「どうもすみません。遠慮なくいただきます」
「血が出たって聞いたから、レバニラと肉団子とあと、ほうれん草のおひたしだよ。これを食べれば元気になるから」
「助かります」
「ときに、あの父兄、というか奥さんは何持ってきたのだろうね?」
「はあ?」
「菓子折と洋服代じゃあないと思うんだけど」
「……聞かれたから答えますけど、張り合おうとか考えるんじゃないでしょうね」
「はははは、しょってるわねえ、岸さんも。そんなにもてるってか。残念、単なるリサーチだよ」
豪快に笑った脇田さんは、その勢いのままこちらの右腕を叩きかねない動作に入ったので、私は心持ち身を引いた。
「好物をご存知ですから、その中から二つを。餡かけチャーハンと和風ハンバーグ」
「あら。ちょっと似た感じになっちゃったか。ハンバーグと肉団子」
「いえ、全然かまいません」
「安くて固くてもいいのなら、外国産のステーキにしたのにね」
「あ、今日はお代を」
以前はお裾分けだったが、今日のこれは違うだろう。病人気分が抜けず、ついついそのまま受け取って終わりにしてしまうところだった。
「いいよ」
「そうもいきません」
という風なやり取りを三度繰り返したあと、騒がせたお詫びも兼ねて三千円を渡した。適切な額だと思う。
「ところで脇田さん。ついでと言ったらあれなんですが、犯人の顔って報道で流れました?」
「ああ、あんたを怪我させた男かい。そんなには出てないみたいだけど、見たよ」
「どうでした?」
「どうって……あ、前にこの部屋から出て行ったのと同じかどうかってこと?」
意外と察しがよくて、ありがたい。私は何度も首肯した。
だが、次に脇田さんは眉根を寄せた。
「難しいねえ。あんたは見てないみたいだけど、テレビで出たのはざらざらした画質の写真で、しかも顔だけ。年齢も今のかどうか、怪しいもんだよ」
「そうでしたか」
「警察にはどう言ったんだい?」
「確証が持てないというか、少なくともあんな男を部屋に上がらせたはずがないので、言えずじまいで」
「知り合いじゃないんだね、やっぱり。だったら先週の一件は、単なる友達甲斐のない奴が、あんたを突き飛ばすか何かして、そのまま逃げちゃっただけなんじゃないのかねえ?」
つづく
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