第503話 些細な違いも逃さずに

「因果関係を探している間も、人間の魂について頭から離れなくてな。自分にとっての本分であるからか知らん。ついつい、人の生き死にに関わりのありそうな事柄に目が行くのだ。そんな気分で、あの岸先生だか貴志先生だかの周囲での出来事、近い関係者などについて、一度目と二度目でどう違ったかを対照させていた。そしてふと気が付いたんだ、天瀬美穂の父親は本来、予定通りに単身赴任から戻って来ていたのが、この新たな二〇〇四年では夏風邪を引いたため、予定を先延ばしにしている。命を落とすようなことにはつながらないらしく、その点がっかりしたのだがね」

「気が散っていますね」

「それでも見付けたのだから、たいしたものであろう?」

 いや、本腰を入れて取り組んでよ、そうしたらもっと成果が上がるかもしれない――神内はそう感じたが、わざわざ言葉にして注意するのはやめた。ここでハイネの話の腰を折ると、ただでさえ長い話が、もっと長引きそうな予感を覚えたからだ。

「とにもかくにも、夏風邪の原因は突き止めた。聞きたかろう?」

「ええ。些細なことだけど、参考になるかもしれないし」

「よろしい。改めて岸先生だか貴志――ああ、面倒くさい。日本人を受け持つようになって長くなるが、いつまで経っても、人間の名前を覚えるのは苦手だ。同姓同名異字が多過ぎる。ともかく、だ。キシに纏わる出来事を辿っていると、天瀬美穂の通う学校の教頭、弁野だったか、あの人間が学校を辞めることになった一件があったそうだな」

「ありましたね。詳しくお話ししましょうか?」

「いや、結構。記録だけで充分だ。が、確認は取っておくか。あれは六谷と貴志道郎が過去へ飛ばされた後の振る舞いによって、引き起こされた。元の二〇〇四年では起きなかったことで、間違いないな?」

「はい。念を押さなくたって、分かり切ったことでしょう。ある出来事が次の出来事につながるドミノ倒し現象――もしくはバタフライ・エフェクト――を考慮するのは、この調査において基本的な手順です」

「はいの返事だけで済むところを、ぐちぐちと。君も一言多いタイプだねえ。いや一言どころじゃないな。まあいい」

 話を本筋に戻し、分かっていたさと言いたげに、ハイネは小刻みに頷いた。

「この教頭は元の二〇〇四年でも風邪を引いている。どこで誰からうつされたかは考慮しなくてもよいだろう。違いが表れるのは、風邪を引いたあとからなのだから」

「もしかして、教頭の職を辞することで行動範囲が大きく異なるようになり、教頭が自らの風邪をうつす相手も変わった。それが巡り巡って、天瀬美穂の父親に風邪を引かせる遠因となった、とこういうつながりですか」

 察した神内は、先回りして言った。途端にハイネは嫌な顔をした。元から嫌な顔ではあるが、それは相手を嫌悪させるという意味での嫌な顔であるのに対し、今のハイネは自身が嫌がっている。

「察しがいいのは話が早くていいのかもしれんが、もう少し私の気分をよくさせておこうとは思わないのかい?」

「前のように上下関係があれば、多少は配慮したかもしれませんが、今はまったく、毛頭、一毫もありません」

 そう言い放った神内は、ついでに思い出した、関係のないことを口にした。

「そういえばいつからか、日本では『一ミリもない』という言い回しが使われるようになっているんですよね。意味は『一毫もない』と同じと見なしていいんでしょうけれども、言語学的には誤用に当たるのかしら、それとも時代の流れによる自然な変化と見なせるのかしらと、常々気になっていて」

「知らん!」

 ハイネはフード越しに頭を掻きむしった。節くれ立った指だから、かゆみを取るには効き目がありそうだ。

「そういうお勉強についての疑問なら、それこそキシに尋ねればよくないか。知っているかどうかは知らんが、神にも人にも適材適所というものがあってだな。あー、また嫌な気分になってきたじゃないか。本当に、適材適所がなっていない。いくらゼアトス様の判断といえども、抗議の一つも入れたくなるというものぞよ」

 愚痴をこぼし始めたハイネを見つめながら、神内は思った。

(その適材適所のつもりで、四番勝負を任せられたのにもかかわらず、結果を出せなかったからこうなっているんじゃないのかな? 魂を刈るのが職務なら、賭け事に強いのは特技みたいなもので、それを公言していたのだから。実質負けた責任をこの程度で取れるのなら、お安いものだと私は思うようにしているんだけど、死神サンは納得してなかったのか、そもそもゼアトス様の真意を完全には汲み取れていないのか。あ、もしかしたら禁断症状?)

 死神は一定期間、人の魂を刈ることをしないでいると、うずうずしてたまらなくなるという話を聞いた記憶がある。ごく稀に、変調が極限に達してしまい、仲間――他の神々の魂を刈ろうという振る舞いに出る死神もかつていたとかいないとか。もちろん、そんなことしても神の魂なんて刈れないけれども。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る