第483話 位の違いがひしひしと

 神内の反応を目の当たりにしたゼアトスは小さく肩をすくめると同時に眉根を寄せ、若干、悲しそうな表情をなした。

「これだけではないよ。純粋に、我らと人間とが勝負してどうなるのか、久しぶりに見てみたかった。これ以上ないくらい平和な勝負種目ばかりだったし、参考がてら見守る分にはちょうどいい」

「ゼアトス様……全然、自己フォローになっていませんよ、それ。当事者からすればどう言われたって、腹が立ちます」

 だよな。私も同じ気持ちだ。ハイネだって口にこそ出さないでいるけれども、少し前から薄気味悪い“死神オーラ”みたいなものを発散している。天瀬だけは、まだこれが夢だという意識があるせいか、表立っては怒っていないが。

「分かった。大事なことを伏せて、高みの見物を決め込んでいたのは謝罪するとしよう。すまなかった」

 いきなり態度も語調も変えて、頭を下げるゼアトス。この急変に神内やハイネは戸惑い、恐縮してしまったようだ。背筋を伸ばして、「いえ、そこまでは。頭を上げてください」とおろおろ声で言い添える。

「それじゃあこの件は決着したと見ていいんだね?」

 勢いよく面を起こして、にやりと笑うゼアトス。すべて計算尽くか。あっけに取られる部下?二名に、ゼアトスは続けて言った。

「それはそれとして、勝負の方だよ、問題は」

「え……っと?」

「見ていてハラハラするだけならまだいいんだが、こうも負け続けるとはまったくの予想外だった。いくら神内君が手心を加えて、面白い勝負になるよう設計した結果だとしても、こいつはちょっと看過しがたいな」

「負けが決まったわけでは……」

「ううーん、どうだろうね? 我々は二つ勝たなきゃいけないんだったね、確か。立て続けに二種目を落として、ギャンブル対決ではハイネ君が反則負けになるところをどうにか取り消してもらおうとしていたところだ。必要とあらば、私自身が代わりに戦うつもりでね。それで、神内君の方は記憶力と運試しで勝つ見込みあるの?」

「今は劣勢ですとしか言えません……」

「ほらね。だから、ここは今の段階で勝負なしにすればいいと思うんだ。人間側の目的は勝負の前に達せられている訳だし、我らの誇りと名誉のためにもね」

「あ、そういうことでしたら、私も賛同いたします」

 神内がほっとした顔つきになるのが見て取れた。元々、この四番勝負を中止するために、こっち側に姿を表したってことらしい。

 まあ、この流れは仕方がないところではあるかな。九文寺薫子が救われるのかどうか分からない時点では、持ち掛けられたゼアトスとの勝負を受けるしかないと思っていたが、今や完全に事態が変わった。神様連中に謝らせるという追加の特典がなかったことになるのは多少惜しい気がするけれども、ま、許してやっていい。

 落としどころがどうなるのか、成り行きを静観していると、ゼアトスが不意に私のいる方を見た。思わず振り返ったが、そこに第四の神様が出て来ているなんてことにはなっていなかった。どうやら、用がある相手は私らしい。

「キシ君、聞いていただろう?」

 今さらな質問ないしは確認だなと思ったが、「もちろん」とだけ答えておく。いたずらにあげつらっても、角が立つだけだ。

「なら伝わっていると思うが、手じまいの方向で話が進んでいる。君達はそれでもかまわないかね?」

「細かな条件は一応、詰めたいですが、基本的にはかまいませんよ」

「細かな条件とは?」

「賭けていたものがどうなるのかな、とか」

「賭け代についてもなかったことにしたい。君達に、物質的な損はないはずだね?」

「ええ、まあ」

 個人的には私と天瀬との間に子供ができるのが遅れる、という嫌なペナルティを回避できただけで充分だ。今この場で声に出すと、事情を知らない天瀬にとってややこしい話になるだろうから言わないけれども。

「神様に謝罪してもらうのは、あきらめます」

「僕には関係ないことだから、二人に謝らせてもいいよ。実質負けていたペナルティとして、人間への謝罪はちょうどいいバランスだ」

 プライドがどうこう言っていた割に、自分自身が当事者にならないのであれば、別にかまわないらしい。あるいは、神内とハイネが人間に謝罪する姿を、それこそ高みの見物をして面白がるつもりかな。どちらにせよ、あまりいい性格をしているとは言えないな、ゼアトス。

「お言葉になりますが」

 どこまでへりくだるのが適当なのかよく分からず、言葉遣いに悩むなあ。沼地をそろりそろりと進んでいく心境で、ゼアトスに交渉を試みる。

「今し方、ペナルティと言われましたが、罰を与える意味で謝罪を強制させるのなら、どうかやめてほしい」

「ほほう。何故?」

「途中で打ち切りになったとはいえ、四番勝負は私達と彼らとの真剣勝負でした。そして謝罪は、私から彼らに課した敗北の代償です。あなたのためのものではありません」

 神内はともかく、ハイネまでかばうつもりはさらさらなかったんだが、ゼアトスの高圧的な態度を見ていると、気が変わった。何もかもゼアトスの思うままの形で収めるのは、精神衛生上よくない。


 つづく

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