第302話 知っている彼女との違い、気になるよね

「ならいいんだが、一応静かにな。九文寺さんの電話番号やメールアドレスを、僕も知りたかったよ、だが、無理に聞き出せるもんじゃないだろ。九文寺さんの気持ち次第だ。同じ小学六年生と言ったって、初対面の人に個人情報を渡すのは気が引けて当然だと思うぞ」

「……そうだね。確かにそっちの方が理屈は正しい」

 理解を示した六谷だが、疑問が浮かぶのもまた早い。

「けど、それじゃあ何の進展もなかったのと同じなんじゃあ? こっちから九文寺さんに連絡を取りたくてもできないってことでしょ」

「いや。やや面倒だが、連絡を取ろうと思えば取れる。学校を通してという形になるけれどもね」

「ああ、そういう……」

「くれぐれも独断専行はやめてくれよ」

「え?」

「先生の名前を名乗って、富谷第一小に電話を入れて、九文寺さんの連絡先を聞き出そうとするとかさ」

「しないよ。やろうとも思わないけどさ。いくら何でもこの声では無謀ってもんでしょ」

 確かに、いかにも子供らしい、ともすれば黄色いと形容できそうな高い声では、教師のふりをするのは難しそうだ。

「ねえ、小学生の九文寺さんはどんな感じだった? どう違ってたんだろ……」

「どんなと言われても、僕は高校生の九文寺さんを知らないからなあ」

「写真は撮らなかったの?」

「残念ながらない。そりゃあ、写真があった方がよかったって言うのは分かりきっているよ。君に見せれば、君が知っている九文寺薫子さんと間違いなく同一人物なのかどうか、最終確認できるわけだから。だが、初対面で写真は無理」

「うー」

 意味不明のうなり声を上げる六谷。気持ちは分かる。使命がどうのこうのとは関係なしに、将来の恋人の今の姿をとにかく一度はその目で確かめておきたいよな。

「もやもや、むしゃくしゃするな~。先生、これから会えない?」

「うん? 何の用で」

「特に具体的には言い表せないけどさ、直に会ってもっと話が聞きたい。九文寺さんがどんな風な子なのか」

「これまでに伝えたことの他に、もう話せるような内容はほとんど残ってない気がするんだが」

「それでもいいからっ。直接、聞きたいんだよ」

「学校の仕事が残ってるんだよ」

「全然時間がないわけではないでしょ、先生。本当に時間が足りないくらいなら、科学館に行ってる暇もなかったはずだもんな」

 そこを突かれると弱い。新しく用事(天瀬を守るために川崎まで行く等)ができたんだと言ってもいいんだが……この件を六谷に話すのは、今度天瀬に降り懸かるであろう危機が過去の改変故なのか、それとも元から起こるべくして起きるものなのかを見極めてからにしたいんだよな。未来を知っている人間が多く関われば関わるほど、一層ややこしくなる気がする。確証は何にもないが、今のところは様子見だ。

「分かった。たいした話はできないと思うがそれでかまわないのなら……午後一時に、こっちに来られるかな」

「りょーかい」

 私の方にも改めて確認したい点がなくはないので、会うことにした。出向かずに来てもらうのは申し訳ない気もするが、仕事をこなさないといけないので時間の節約、すまん。

 そして午後一時前。呼び付けておいて何にも出さないわけにも行くまいと、アイスクリームやらジュースやらを買ってきて、戻ってみると、ちょうど六谷が先を行くのを見掛けた。ともに自転車だが、横に並ぶのは安全上、避けなければいけないので前後に並ぶ。

「おーい、早かったな」

「あ、岸先生。こんにちは」

「振り返らなくていいぞ。そのまま進むように。それにしてもちょっと早いな」

「もう気が急いちゃってさ。早め早めに身体が動く」

 目を凝らすと、前を行く六谷の背に服が張り付いている。結構な量の汗をかいている。

「急ぐにしても事故に遭ったり起こしたりしないよう、注意しろよ」

「分かってるって」

 本当に分かってるのかな。この状況で事故に遭うか起こすかした場合、間違いなく、かつての二〇〇四年にはなかった出来事のはず。つまり過去の改変だ。不確定要素を増やすのはできる限り抑えたい。

「アパートの部屋と部屋の間にある壁、そんなに厚くないし、防音も完璧とは言い難い。だから例の話をするときは、大声を上げるんじゃないぞ」

「肝に銘じとくよ」

 とにもかくにも、部屋に入る。名目は、特定の子を贔屓しているように見られるのはまずいので、そうだな、通知表の記入漏れがあったことにしておこう。そのフォローのために来てもらって、ついつい話し込んでしまったと。

「アイス、買って来たんだ。食べるだろう?」

 冷蔵庫の前に立ち、袋から出してみせる。座卓の一辺に陣取り、ノートと鉛筆を用意していた六谷は振り向くと、「食べたい」と即答した。ただ、その場から動こうとしないので、「選ばなくていいのか」と再度尋ねる。

「もらえるんだったら、何でもいい。激辛アイスとか、サバ味とかじゃないでしょう?」

「ははは。そんな変な味のアイスあったとしても、自分では絶対に買わないな。興味はあるが」


 つづく

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