第303話 間違いなく同一人物

 六谷には片手で食えるタイプがいいんじゃないかと考え、コーンの付いたタイプを選んで持って来た。

「ほら」

「サンキュー、岸先生。早速で悪いんだけど」

 封を切りながら、視線は私の方へくれる六谷。開ける拍子にコーティングチョコの欠片が飛び散らないか、心配だ。私もカップアイスとスプーンを手にして、テーブルに着いた。向き合う格好になる。

「九文寺薫子と名乗った子の似顔絵を描いてみたいから、特徴を教えてもらいたいなと思ってる」

「似顔絵か」

 これはまた想像の斜め上だった。

「六谷君、絵心はあるのかい? 似顔絵に起こしてもらえるほど、僕はその子の顔を説明する自信がないな」

「僕はそれなりに絵は描けるつもりだけど、うまいってほどでもない。じゃあそうだね……先入観を植え付けそうだからあんまり使いたくない手なんだけど、先生、こっちを見てもらえるかな」

 筆記用具を入れてきた手提げ袋から、新たに別の物を出してきた。一枚の絵だ。破り取ったノートの紙いっぱいに、女の子と思しき顔、いや肩から上がアップで描いてあった。

「どう、これ。僕が九文寺さんと最後に会ったときの記憶を頼りに、描いてみたんだけど。無意識の内にちょっと理想入っちゃってるかもしれないね、はははっ」

 恥ずかしさをごまかそうとするかのように、冗談を入れてきて自ら笑う六谷。

「要するに、高校生の九文寺さんだな。ええと、十八歳か」

 そう呟きながら、六谷の持って来た紙を手に取る。絵に見入る前に、先日知り合った九文寺薫子の顔立ちを懸命に思い出し、脳裏に焼き付けた。それから改めて、真剣に絵をじっくりと見る。

 ――似ている。まとった雰囲気、印象がぴたりと重なる。

 絵の九文寺は瓜実顔だが、小学六年生の九文寺はもうちょっと丸い。六年間の開きを考慮に入れれば、ちょうど納得の行く差ではないか。

「よく似ている。多分、彼女で間違いないな」

「そう? よかったあ!」

 アイスを持ったまま、両手を突き上げる六谷。大きな動作は、全部食べてからにしてくれ。

「急いで描いた甲斐があったよ。これがきっかけになって、うまく行くかもしれない。神様とゲームで勝負しなくてもすむかも」

「気持ちは分かる。ただ、何年かかるか想像も付かないのが難だな」

「先生はゲームしたい派?」

「君と僕の二人しかいないのに、派も何もないだろう。リスクも大きい神様とのゲームで決着を付けたいわけじゃないが、この先何年もかかるというのは、色々と障害があると気付いたんだ」

「どんな障害?」

 質問しておいて、アイスの残りの包み紙を破り取る六谷。何だか他人事扱いされている気分だが、まあいちいち言い立てても仕方があるまい。

「君にとって九文寺さんが大事なように、僕には天瀬さんが大事だ。長引くと、彼女に目が届かなくなるんだよ」

「ああ、そうか。来年――二〇〇五年の三月で卒業して、春からは中学だ。岸先生は小学校に残るんだもんね」

「ああ。ぼーっとしてたんだが、ずっと小学校で教師として見守ってやれるつもりでいた」

「教員免許って、中学では効かないの?」

「効かないというか、小学校に小学校の、中学校には中学校の免許があって、それぞれ取得しなきゃならない。僕は小学校の教員免許しか取っていないし、この岸先生も同じだった。持っていたからと言って、天瀬さんの卒業に合わせて、職場を中学に変える教師がいたら気持ち悪がられると思うがな」

 だいたい、そう思い通りに狙った中学で教職を得られるはずもない。

「天瀬さんに降り懸かるピンチって、もうすぐだと言われてるんじゃなかった?」

「そういう仄めかしはあった」

 そして今、その危険性を窺わせる事案が現在進行形で存在しているんだが、六谷にはまだ言わずにおこう。

「じゃあ、来年の三月までには決着するんじゃないの、岸先生の分は」

「天の声が現時点で把握している分はそれで終わり、という意味に解釈している。少なくとも僕や六谷君がこの時代にいる限り、ちょっとしたことで状況はいくらでも変わり得るんだとこれまで実感してきたからな。だからそういう観点から言えば、神様との勝負に勝って、少しでも早く元に戻るのがいいという気はする」

「……」

「どうした? アイス、まだ残ってるぞ」

 溶け始めて、滴が垂れそうになっている。私の指摘に六谷は残りのアイスを口に放り込んだ。食べ終えてから返事があった。

「先生の理屈で行くと、九文寺さんの身に降りかかるピンチも震災に限らず、色んな形でもっと近い将来、起こる場合があることになるよね」

「可能性を言えばそうなるな。事実、君の電話がきっかけで、九文寺さんの転校が決まったようなものだ。都会に出て来た結果、交通事故に遭った、なんてことになったら目も当てられないぞ」

「やだなあ、縁起でもないこと言わないで欲しいな」

「六谷君自身がつい今し方、言ってたのと同じなんだが。震災以外にも窮地に陥るかもしれないと」

「それは……」

 しばし口をもごもごさせた六谷だったが、急に言い放った。

「僕が久文寺さんのことを言う分にはいいんだってば」


 つづく

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