第94話 違う視点で見てみる

「わ、脇田さん」

 アパートの自転車置き場で考え込んでいると、お隣の脇田のおばさんから声を掛けられた。自転車の運転から解放されたことで思考に集中して、周りが見えなくなっていたようだ。

「どうかしたのかい。ぼーっとして」

 何か閃きそうな気配を感じ始めていたのだが、脇田さんから話し掛けられて、すっと引っ込んでしまった。

「何でもないです。そういえば、刑事さんが訪ねてきた、なんてことはありませんでしたか?」

 アパートでの襲撃事件について、目に見えて捜査が始まっているのかを知りたくて、そんな質問をしてみた。おばさんは目を大きく開き、きょとんとした。

「あたしんところに刑事さん? 来てないね。何でまたそんなことを聞くのかしら」

「私が怪我をした件で、捕まった男の計画性を判断するために、ご近所に聞き込みに窺うかもしれないって聞いたものですから。以前にアパートの近辺に現れていたのなら、計画性が高いってことになるみたいで」

 我ながらよくもまあ、作り話がとっさにすらすらと出てくるものだ。悪意のない、理由あっての嘘だから許してもらいたい。


 自分の部屋に戻って、普段通りなら夕飯の下準備に取りかからねばいけない時間帯だったが、今日は違った。

 ついさっき掴み損ねた閃きを、どうにかして掴まえたい。この時代に来て、物忘れが若干、ひどくなっている気がする。一種の異常事態に放り込まれたことで、精神が緊張を強いられ続けているため、記憶のメモリーが他のことに割かれているのかもしれないな。閃きも、今スルーしてしまうと、二度と取り戻せないなじゃんかと感じた。夕飯はインスタントラーメンでも何でもいい。

 やかんに水を入れて、火に掛けると、集中して考えようと努めた。思い出すためには、閃いたときと同じような状況におかれることが近道か。

 最前の私は、天瀬と事件とを無理にでも結び付けるべく、天瀬と教頭もしくは柏木先生の接点を求め、自分がこの時代に飛ばされてきてからこれまでの間、天瀬と彼ら二人の間に何かなかったかを検討していた、弁野教頭はほぼ休みだったのだから、天瀬との接触は、私が知る限りない。必然的に、柏木先生との接触に焦点を絞れる。

 ここへ来て以降、天瀬の行動だけでなく、彼女が喋った内容も思い返す。柏木先生について何か言っていた気がするのだが。

 「天瀬美穂を助けて」という声の主は、こいつなら助けることができると見込んで、私・貴志道郎を選んだんだろっ。何かあったはずだ。ここへ来てからこれまでの間に、手がかりになり得る何かが。

 物的な手がかりといえば、白とか生とか書いてあったメモの切れ端ぐらいだ。


<白 生  人的 度ノマあ    撃

 頭    変 なおさないとだめでは>


 この中に天瀬を思わせる記述はない。せいぜい、右から左に読んだ場合に「あマ」と出てくるくらいだ。

 柏木先生や弁野教頭はどうか。

「……む?」

 教頭の「頭」があることに、まず意識が向く。次いで、先生の「生」もある。一行目の「生」が先生なら、「白」はもしかすると柏木の柏から木偏が消えた結果?

 こうなると俄然、柏木先生と弁野教頭について書いてあるように思えてきた。

 柏=木+白からの連想で、一つの文字を分解したり隣り合った二つを合体したりと試行錯誤してみると、じきに見つけた。一行目の「ノ」と「マ」は実は一文字で、「々」ではないのか。だとするなら、「度々あ」となる。

 「柏木先生」と「教頭」が「度々あ」……続く言葉は、「度々あっている」か? 不倫デートで密会ってこと?


 つづく

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