第455話 違う視点を次々と
覚悟を試すかのような念押しに、天瀬はほんのちょっぴり怖じ気づいたものの、弱気を吹っ切るべく、力を込めて頷いた。
「理解しています」
闘志の滲む返事を聞き届けて神内も安心、いや、満足したのだろう、クーデ君に合図を送るような仕種をした。
するとクーデ君は流行りのAI搭載接客ロボットみたいに、かすかな手振りとともにぴぴぴと音を立てて反応する。さらに神内から百人一首の札を受け取る(セッティングされる?)と、「用意できました」と機械的な音声で言った。ほんとにロボットじゃないのかしら、と感じる天瀬だった。
「あとの準備はルールに従って、私達がやる」
神内は百枚の札を裏向きにして、場にばらけさせた。それらを二人してよく混ぜる。充分に交ざったところで、各自二十五枚ずつを選んで、それぞれ自陣に、三段にして並べていく。このとき表向きにし、かつ、絵柄が自分から見て正しい向きになるようにする。なお、今回使わなくなった五十枚は空札として、場から取り除かれた。
「さ、いよいよね。始める前に、最終確認しておきたいことはないかしら」
「あ、あります。正真正銘、同時に触れたときの扱いは? うろ覚えですけど、その札が自陣にある側の物になるんだった……?」
「そうね。正式ルールではそうなってる。私、その項目を確認したとき、変なのって思ったわ。敵の方がより遠い距離を、手を伸ばして届かせたというのに、負けにされてしまうなんて理不尽だなってね」
「ですね。人間の考えることはよく分かりません」
天瀬のぱっと思い付いた台詞に、神内は目を丸くしたあと、微苦笑を浮かべた。
* *
よっしゃ、とハイネは内心、密かにガッツポーズをする心地だった。言うまでもなく、サイコロの出目が狙った通りの1になったからだ。ほくそ笑みたいところを、得意のポーカーフェイスで覆い隠す。
「出目は1。交換できるのは一枚ってか」
そう呟いた相手は両手で包むようにして手札のトランプを持つと、ゆっくりした動作で扇形に開いた。
「ここで長考はよしとくれよ。手際よくやりたいもんだね」
「ああ。一枚なら悩みようがない。これだ」
相手は一枚を選び、裏向きのままテーブル上に放った。
「当然、交換するカードは、山の上から順に取っていく決まりだよな」
「そうなるね。ガン付けを封じている故、好きなのを選ぶのは意味がないであろうし」
「山からカードを取るのは、私自身がやっていいのかな」
「かまわんよ。不審な動作が見られたら、即座に言うがね」
ハイネの返事に直接の反応はせずに、相手は山のトップのカードを右手で取った。一瞥したかしないかの素早さで、左手に構えた四枚の手札の中に入れようとしている。
ハイネはこのタイミングを待っていた。アレを試すのにはちょうどよい。
(死神ともあろう者が、一つの能力しか使えない訳じゃあないんだが、ことギャンブルにおいてどうしても一つに絞れと求められたら、これにするね。何と言っても、使い勝手がよい。多くのギャンブルで応用が可能であるからな。その上、使い方次第では、使用自体が相手に気付かれぬことも多々起こり得る)
今度ばかりは抑えきれずに、笑みがはっきりと顔に出た。
このとき、期待した通りにことが運んで笑い出したいのは、相手の人間も同じだった。
* *
交換のために引いたカードのマークと数字は、己の指に隠れてすぐには分からなかった。指をずらして確かめる。
クラブの6。
私は思わず手に力が入った。カードがくしゃくしゃにならないよう、加減をセーブする必要があったくらいだ。
と、そのとき、クラブの6を持つ右手の親指に、チクリとした痛みが走った。
「あつっ」
ほんの一瞬のことだった。爪と指との間に尖った何かが当たったような感覚に不意を突かれ、辛抱できずにカードを取り落としてしまった。ひらひらと舞うクラブの6が、スローモーションのように見える。
焦って手を伸ばすが、カードを掴むことはならず。カードはその正体がクラブの6であることを露わにする形で、テーブルに“着地”した。私はここでようやく、カードに手を触れ、可能な限り素早く手札に加えた。
「おや。肝心なときにミスを犯したようだが?」
ハイネが言った。地の底から響いてくるかのような声だが、どこかウキウキしている雰囲気もあって、ちぐはぐな印象を受ける。
「――ミスも何もないさ」
私は演技をした。
「ここから通常のポーカーのように、チップを賭けていって、駆け引きをするのであれば、今のは致命的ミスに当たるだろうな。だが、今やっているのは変則ルール。あとは手札をお互いに開いて、その強弱を争うだけなんだろう? 交換したカードを見られたからと言って、結果に影響しない」
「私は何も、見えたとは言ってないがね。まあ、全部で最低でも七戦をしなければならんわけだし、一勝負目を終わらせて、粛々と次へ移ろうではないか」
カードがはっきり表向きに落ちたっていうのに、見えたとは言ってないなどととぼけるとは。よほど性格が悪いな。相手をいたぶるのがお好きなようだ。
つづく
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