第393話 かわいらしい勘違い

「夢を見ているのは確かだけれども、それが正夢になるかどうかはこれから決まる」

 実際には、正夢になったとしても、覚えていられないような気がする。

 勝負に勝って過去が変われば、天瀬の持っている記憶――友達である九文寺薫子が震災で亡くなったという記憶も書き換えられる。ということは、夢の中での勝負に勝ったから過去が変わったんだという記憶もなくなるのだろうか。勝負に臨む理由が存在しなくなるのだから。

 もちろん私の想像に過ぎない。根拠のないことまで今、天瀬に話しても意味はあるまい。

「とにかく、天瀬さんにとってはあまりに急な話になるけれども、このあとの四番勝負に全力を注ぐつもりでやって欲しいんだ」

「分かりました」

 気持ちのいいくらいの即答。両拳を握りしめ、気合いを入れるのが見て取れた。

「つもりじゃなく、全力を注ぎます」


 まずは大枠でのルールの確認(説明)が行われた。当然、天瀬にとっては初めて聞くことになるから、確認ではなく説明である。

「……要するに……」

 聞き終わってから天瀬が呟いた。

「二敗目を喫した時点で私達の側の負け。私達の側が三勝以上を挙げて勝利したときは、九文寺さんにとっての過去が変わる……」

 ごくりと唾を飲み込んだ様子の天瀬に、私は「そういうことになる」と頷いた。

「敗北した場合の私達の側へのペナルティを聞いていません」

 そうだった。私と六谷が組んで臨む場合は、負ければ引き続き二〇一一年の大震災から九文寺薫子を救うために二〇〇四年に居残る、との話だったが、状況が変わった。前に私が言い渡された変更、いや追加条件は、思い出すだけでもむかつくあのペナルティだ。私と天瀬が結婚したあと、子供を授かるのが三年遅れる、という。

 そのことについて神様側が最初説明しなかったのは、天瀬と私との結婚を前提としているからか。どうやら現時点では、私達の結婚する未来が揺らいでいるようだからな。貴志道郎であると信じてもらえていない私の口から言うのもおかしいので、ここは神様側の補足説明を見守るとしよう。何らかの過不足でもあれば口出しする。

「そちらが負けたときどうなるか、ね」

 神内が話す。基本的に彼女が神様側の説明役に回っている。

「天瀬美穂さんに影響の及ぶ事柄についてのみ述べると、二点になるかしら。まず、あなたが将来結婚して子供を授かるでしょうけれども、それが三年遅れになるわ」

「え? 私、婚期が三年も遅れるんですか?」

 焦りを露わにして聞き返す天瀬。かわいい勘違いに、ついつい笑いそうになった。

 神内は神内で、天瀬の勘違いの理由がすぐには理解できなかったらしく、何度も目を瞬かせ、首を傾げた。が、じきに気が付いたようだ。

「私の言い方が悪かったのかしら。三年遅れという言葉は、結婚には掛かってなくて、その次の子供を授かることにだけ掛かっているのよ」

「あ、なぁんだ」

 割とのんきな声でリアクションをした天瀬。けれども、子供が生まれるのが三年遅れになるというのはやはり大きい。すぐさま険しい顔つきになった。恐らく今の彼女に、死神が三年の間、受精卵の命をもらい受けるだのなんだのという話を聞かせたら、すぐ近くに落雷したときみたいに激しく動揺するか、烈火の如く怒り出すのではないか。

「もう一点は」

 神様側もその辺りはよく承知しているようで、さすがにスルーして、次のポイントに移った。

「あなたがお付き合いしている相手の回復が遅れることになる見込みよ」

「道郎さんの?」

 この話には、私も内心、どきりとした。聞いてないぞと一瞬思ったが、よくよく考えると、おおよそ理解できた。敗北して私が二〇〇四年にとどまることになったら、二〇一九年に戻ることそのものに不確定さが増し、その結果、二〇一九年にて入院中の私の回復もどうなるか分からないという意味だろう。純粋に負けのペナルティとして、私の回復を遅らせたいのなら、子供を授かるのを三年遅らせるというのと同様に、期間を設けるはずだから。

「道郎さんの症状がより酷くなるということ?」

 聞き捨てならないと血相を変える天瀬。隣でその横顔を窺っていると、これまで以上に愛おしく感じられて、抱きしめたくなる。けど、ぐっと堪えて我慢。実際に両手を握りしめると、汗を感じた。

「そうじゃないわ。戻るのが遅くなるというだけ。いついつまでにとは言えませんけれどね」

 急につんつんした物言いになった神内は、私の方をいわゆる“じと目”で見てきた。何だろうと思ったが、想像するに天瀬の心配ぶりをのろけと受け取ったか、もしくは私のにやけ顔を観察してやろうという狙いだったのかもしれない。あいにくと、私の表情は緩んでいない、はずだ。

「もうそろそろいいのではありませんかね」

 しびれを切らした風にハイネが口を挟んでくる。

「私どもも多忙な時間の隙間を縫って、お相手して差し上げる訳で、人間の生き死に関わるこんなチャンスだって、普通は与えられることはない」

 死神はいけしゃあしゃあと嘘をつく。らしいと言えばらしいのか。


 つづく

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