第392話 現実と違うけれども現実であり

 あれだけ怖がっていたのだから、十五年が経過したあとも記憶に残っているのは当然だろう。その上で、さん付けできるってことは、植え付けられた恐怖心もほぼ払拭されたと見ていいのかもしれない。

 かくいう私も、ハイネとは距離があるせいなのかあるいは慣れなのか、あまり怖さを感じないでいられる。ただただ、不気味さを連続して味わわされている肌感覚があった。ぬめりとした湿度の高い狭い部屋に閉じ込められているような……。

「ふむ。覚えてもらえていたのはありがたいですが、“死神さん”とは参ったねぇ。易く見られたものです」

 わずかながら困惑が見え隠れするハイネの態度。思わぬ形で、こちらの軽いジャブがヒットしたってところかな。

「まあよい。早々に始めるとしましょか。そして早々にけりを付けてくれる」

「待て。説明の時間をくれ」

 ペースを握ったままでいたいこともあり、すかさずストップを掛けてみた。実際、天瀬にざっと説明する時間は欲しい。こんないきなり勝負開始とは思ってなかったもんな。

「対決の内容なら、一つずつ説明をしますよぉ」

「それは当たり前だ。そうじゃなくってだな。この今置かれている状況を、彼女に」

 話ながら手で天瀬を示した矢先、当の天瀬が「あ、これって」と口を開いた。

「夢なのね? ですよね、岸先生?」

 状況を一発で把握したのは、死神の登場に因るところが大きいのだろう。幸い、彼女が夢と自覚しても、そこで何もかもおしまいとはならないようだ。

 それにしても夢と分かって見ている夢の中で、登場人物に同意を求めてくるとは、意外と天然だな、天瀬。

「うん、夢なんだ。ただし、私やあのハイネという死神、その隣にいる神内という女性は別人格と言えばいいのかな。天瀬さん、あなたの夢の中に登場させてもらっている出演者みたいに捉えれば近いかもしれない」

「出演者……。あの女性も死神さん?」

 細い顎を振って、神内を示しながら尋ねてくる。私は曖昧に頷いた。

「死神ではなく、神の一人だと当人は言っている」

「ちょっと。その言い種だと、私が自称神、みたいに聞こえるじゃない」

 聞かれていたか。つっこまれるのは鬱陶しいが、雰囲気が和らぐのなら歓迎する。

「私は信じてるよ、あんたが神様の一人だって。実際のところ証拠はないけどな。それはそっちの死神サンにしても同じだが」

「まあ確かに。証拠なんておいそれと出せないわね。超能力者か何かだと思われても仕方がないかも」

 妙な納得の仕方をして黙った神内。その隙に私は急いで残りの説明を片付ける。

「そしてこれから、私とあなたとでチームを組み、向こうの二人のチームと四番勝負で対決する」

「対決? ゲームみたいなものですか」

「残念ながら詳しくは知らされていない。クイズと賭け事と体力テストと運試しの四つとしか」

 この説明には、天瀬が考え込む仕種を見せた。どうかしたか?

「些細なことかもしれませんけど、賭け事と運試しというのは、一緒なのでは」

「あ? い、いや、どうやら違うみたいなんだ。賭け事というのは、イカサマも含めてのゲームで、運試しの方は純粋?に運だけの勝負じゃないかと思う」

「ふうん。分かったような分からないような」

 なるほど、私みたいにギャンブルのイカサマや頭脳戦などを特段意識していない限り、一般的にギャンブルと運試しはほぼ同義語になるのね。

「それで、勝ち負けで何がどうなるんでしょう? 勝っても賞品や賞金がゲットできそうな雰囲気ではなさそうですけど」

「うん。ある人のために戦うことになる。覚えているかどうか分からないけれども、九文寺薫子さんという女性の人生が懸かっているいって過言じゃない」

 ここで六谷の名を出して話をさらに複雑にするより、ストレートに九文寺薫子について伝えた方が早い。

 天瀬の表情を窺うと、一瞬、奇妙な顔つきになるのが読み取れた。思い出せないのではなく、どうしてここでその名前が?という戸惑いのように、私の目には映る。

 瞬きをやや激しくすると、絞り出すような語調で天瀬は言った。

「九文寺さん……小学生のときに知り合った他校の人に同じ名前の女子がいたわ。それに彼女は」

 言い淀む天瀬。何事だろうかと訝しく思ったが、じきに理解した。天瀬と九文寺薫子との交流は二〇〇四年以降も、ずっと継続していたに違いない。やり取りがあるまま、二〇一一年のあの日を迎えたのだとしたら。

 天瀬は、九文寺薫子がどうなったのかを知っているのだ。彼女の今見せた様子から判断して、運命はまだ変わっていない。

「みなまで言わなくていいよ、天瀬さん」

 私は分かっているということを言外に示すつもりで、そう述べた。

「これから臨む勝負は、九文寺さんのためなんだ。彼女と彼女を大切に思っている人達のための」

「それってどういう意味ですか。もしかしたら九文寺さんが……?」

「助かるはずなんだ。あの二人と対決して、勝ったら、過去が変わる」

「そんなことがほんとに起きる? 今の私、夢を見ているんですよね?」


 つづく

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