第117話 昔は違う考え方だった

 とにもかくにもやりきろう。最後に寺戸がカットしたトランプ一組を私は受け取り、改めて左の手のひらに置いた。

「これでまた一番上に運命のカードが来ていたら凄いけど、それじゃ手品だからな」

 こう前置きすることで、これから行うのは手品ではないと思わせたい。一歩間違えれば感付かれそうで、危ない橋を渡っていると言える。

 私は黙ってカードを手に取り、扇に開くと表の側を一瞥した。それからまた戻して、縁を揃える。一番上を取り、何のカードか分かるように持って、額の高さに掲げた。

「こうやって一枚ずつ見せていくから、運命のカードが出ても、知らんぷりしていてほしい」

「えっ、私そういうの苦手なんだけど」

 君津が両頬に手を当てた。

「顔に出ちゃう」

「そりゃ困ったな。……じゃあ、逆にするか。君津さんがカードを上から順に一枚ずつ、額に掲げる。僕はそれを見て、違うと感じたら首を横に振るから、そのまま表向きに脇に置いて。これだと感じたところでストップを掛けよう」

「うん、その方がいい」

「私達はどうしたらいいの?」

 聞いてきたのは天瀬。

「そうだな。君津さんの掲げるカードでも僕でも、好きなように見といてくれていい。君津さんみたいに運命のカードを見たら顔や態度に出ちゃうって人は、僕からは表情が見えないようにしてくれてかまわない」

「そっか。了解」

 何故だか知らないけど敬礼ポーズをして、天瀬は僕と君津の間で視線を往復させた。……かわいい。

 えー、気持ちを改めて。

 君津がカードをハートのK、スペードの9……と掲げていき、その都度、私は首を左右に小さく振る。数度の繰り返しを経て、私が「よし、これだ」と運命のカードとして指定したのはクラブの8だった。

 その刹那、黄色い悲鳴が君津以外の女子四人から上がる。お、当たったか。失敗する可能性は低いとはいえ、よかった。

「先生、すごーい!」

 両サイドから肩口辺りを掴まれ、揺さぶられる。その間に、一人だけカードを見てなかった君津が遅れて確認し、やっぱり甲高い悲鳴を上げた。

「どうやって当てたんですか」

 いや、だから手品じゃなく占いだとアピールしたんだけど。なので種は明かせないが、記録として書き留める分にはかまわないだろう。

 種はよくある単純なやつで、要は一番下のカードが何か覚えておくだけでいい。一番上を覚えるようにと言う直前、カードの束を受け取る際に底をちらっと見るのは簡単だ。今回、底のカードはスペードのJだった。

 もう一つ、シンプルな原理として、カットを何度繰り返しても、全体のカードの順番は変わらないというのがある。私が覚えたスペードのJの次、下に来るカードが覚えてもらった運命のカードである。

 だからスペードのJが掲げられたら、次に出てくるのが運命のカードだと分かる。クラブの8だなんて、その瞬間まで分からなかったわけだ。

「予言者って言うよりも、魔法使いですね」

 クラブの8のカードをしげしげと見ていた棚倉がぽつりと言った。

 うーん、まあ魔法使いは英語で言えばマジシャンもありだろうから、手品を駆使した自分としては異存はない。


             *           *


 六谷直己はまだあきらめきれていなかった。

(岸先生は、未来を知っている。それか、未来から来た人じゃないのか?)

 3vs3ポーカーが終わって一旦は元いた一班のシートに戻ったものの、ずっと気になって脳裏を占めていた。だから思い切って直接尋ねるような行動にも出た。

 あれはお芝居のための台詞だったと言われても、依然として納得できない気持ちが心の大部分を占める。それで一班男子の遊びが一段落すると抜けさせてもらって、また八班女子のところへと近くまで来ていた。様子を見ていると、どういう流れか知らないが、岸先生が女子を相手に占いを披露するという。

(占いってことは、将来を言い当てる? ここはしっかり覚えて、未来を見抜いていたのかどうかをあとで確認したい。でもそれは近日中であってくれないと、確認のしようがないか)

 つい、頭を掻きむしった。それでもそのまま通路に立って、先生の“予言”の様子を見物する。

 本当に占いなのか、一挙手一投足を見透かすつもりで意識を集中していたのだけれども、正直よく分からない。一部の女子ほど占いには詳しくないため、何を持って本物と判断するのか基準が不明だった。

 ただ、岸先生が“運命のカード”を見事に的中させたのだけは、動かしようのない事実だ。いったいこれをどういう風に捉えればいいんだろう……と、六谷は再び頭を掻きたくなった。

(未来の出来事を当ててみせたと言えなくはない……けど、どちらかというと、トランプを透視したか、女子達の心を読んだとか、そういった解釈の方がすっきりするような気もするし)

 考え込むと、徐々に頭痛がしてきた。まただ、としかめ面になる六谷。

 六谷は超常現象や幽霊といったオカルト的なものが好きなわけではない。宇宙人や奇跡はまだ信じてもいいが、それ以外はどちらかというと懐疑派だった。なのに現在、彼がオカルトそのものの超常現象を肯定的に捉え、思考の中心に据えている。それは何故か。“宗旨替え”したのには、理由があった。


 つづく

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