第252話 様相が違ってきた

 ここで大きな判断材料となりそうなのが、さっきの五投目を神内がわざわざ失敗から成功へと変えたこと。あのまま放っておけば敵に入るのは2ポイント。最終第六投を失敗したときに比べて1ポイント被害が少なくて済む。なのに敢えて目を変えたのは、やはりBの予想を7にしているからではないか。

 でも待てよ。もしもBの予想が6であったならどうか。予想が6で、私が次の六投目を失敗すれば、神内には1ポイント入る。点差で言うなら、どちらの状況になっても2ポイント差がつくことで変わりがない。

 だとすると5投目を助けてくれたのは、私を惑わせる策の一環であり、Bの予想は7ではない。この推論の積み重ねで当たりなら、こちらはあくまでもパーフェクトを目指すべき。最終セットを前にリードが2ポイントなのか10ポイントになるかは大きい。あ、もちろん神内がAやCを当てていたら、差はもっと縮まるが。

 だがしかし、すべてが私を引っ掛けるための撒き餌だとしたら……うーん、よく分からなくなってきた。

 いや。今さら思い悩む必要はないだろ。相手の予想を完全に読み切るなんて元々無理だし、出目だってコントロールできているわけではない。そんな普通の人間を相手に、複雑でややこし過ぎる駆け引きを仕掛けても意味がないことぐらい、神様だって承知しているに違いない。ここは最終的に達した推測に従う。

 狙う目は5だ。

 5の面を上にして、横回転のみを与えてそっと放る。息を詰めて小さな正六面体の行方を見守る。

「あ」

 思いも掛けず、転がった。無意識に肩へ力が入ったのか。これでパーフェクトはなくなった、狙い通りに行かなかったことに落胆したが、サイコロはまだ転がり続け――一回転した。

 止まったサイコロは5を上にしていた。

「よし」

 握りこぶしを引くガッツポーズをした。感情を露わにするのを避けようとしていても、どうしようもない。

「あら~、おめでとう」

 神内の反応をつぶさに観察しようと試みるが、つかみ所がない。声はこれまで通りだし、表情は目を細め、唇の両端を上げての笑み。苛立ちや焦りは窺えないのは分かるが、これを素直に解釈してよいのだろうか。

 考えても仕方がない。最後の一投となる七投目の出目を当てられても、1ポイント損をするだけだ。私は運を天に任せた――いや、取り消し。天というのは神のことだから、敵に下駄を預けてどうする。

 私は私の意志で、2を出そうと狙って振った。五投目で本来なら失敗していた2を取り戻すつもりで。


 最終セットに入った。

 ここまでの獲得ポイントは、14と6で私の方が8ポイントリードしている。前回、神内のB予想はやはり7はブラフで、実際は6だった。おかげで私には10ポイントが入ったが、残るAとCを当てられたので2ポイント縮まっている。

 さて、少し考えれば明らかなことだが、残り一度の攻防を前に8ポイント差があるのは、私から見てセーフティ。チャレンジャー側である次の回、Bの予想を7にしておけば、シューター側の神内は多くても3ポイント上乗せ(五投目まで出目の被りなし)にとどまる。最終回でシューター側に移った私は当然、パーフェクトなんて狙う必要がないから、チャレンジャー側の神内は最大で3ポイント獲得(予想三つを全て的中させる)止まり。最もうまく行っても6ポイントしか詰められないのだから、私の勝ちが確定しているも同然なのだ。

「神内さん。言うまでもないと思うが」

 勝負開始前に水を向けてみた。

「分かっているわ。このままだと負け確定の消化試合。情けを掛けてくれるのなら、遠慮なく乗るけれども」

「なんて神様だ」

 呆れて反射的にそう言うと、「だって、人間には謝りたくないんですもの。これはもう理屈じゃなくって本能なの」と返答があった。口ぶりはおふざけ感があったが、顔は真剣一色だ。神様のプライドっていうのは相当お高いらしい。

「もちろん、無条件でとは言わない。あなたにとって有益な情報を提供する準備があるわ」

「……鵜呑みにしてもいいのか、甚だ疑わしいんだが」

 率直に疑義を呈する。

「有益な情報なんてものがあるのなら、あなただけの判断で勝手に明かせるとは考えにくい。上へお伺いを立て、承諾を得る必要があると見なすのが常識だと思う。それとも神の常識は人とは違うのかな」

「仄めかす程度なら特に問題なしなのよね。人間が勝手に深読みして、困っている姿を見るのが大好きだっていう神は大勢いるし」

 趣味が悪い。が、神様っていうのはそういうところがあった方が、らしいと言える気もする。

 とにもかくにも、お試しのギャンブルだけのはずが、ここに来て有利な状態で駆け引きできるのであれば、願ってもない機会だ。大胆に出てもよいだろう。

「情報っていうのはたとえば?」

「未来に関することよ」

「それは大体予想できていた。どんな事柄なのかが肝心だ。三日後に校長からディナーをおごられる、なんて未来が待っているとして、それを今聞いてもありがたくも何ともない」

「もちろん、天瀬美穂さんに関することですよ~」

 来たっ!


 つづく

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