第253話 前と話が違うような

 これを待っていた。私から言い出すことも考えたが、相手から持ち掛けてくれた方がより有利な条件を引き出せるのではないかと期待して我慢していた。

「この第三セットで私の方にも勝ち目があるルールを認めてくれたら、それだけで天瀬さんの危機に関する情報を一つ教えるわ。さっきも言ったように、一から十まで具体的に話すのは無理だし、あくまでも現時点で起こり得ることという注釈付きになるけれども」

「足りない」

「え?」

 条件を聞くだけで得られるのだ。目一杯、張れるだけ張って見返りを大きくせねば。

「情報一つでは軽いってことさ。こっちは突っぱねれば、あなたは嫌で嫌でたまらない。人間への土下座をしなくてはならないんだ」

「ど、土下座とは決まってないわよ」

「屈辱を回避したいのなら、もう少し情報を出してしかるべきだと思うが違うかな」

「……じゃあ、第三セットが終わって最終的にあなたが勝っていたら、別の情報も出す。どう?」

 うーむ、勝利条件を付けてきたか。いや、強引にでも話を押し通す。

「だめだ。情報の質が分からないからな。私は睡眠時間を削ってギャンブルをしている」

「いや、それはそっちから言い出したことであって、体力的にきつくなることも前もって言ったよね、私?」

 反論は無視無視。

「ここでまたあなたがごねるのに付き合って時間を割いてあげているのだから、その分の補償をいただきたい。時間を割いた分として、天瀬美穂の危機についての情報を一つ出す。そしてギャンブルのルール追加に応じた場合、さらに情報を一つ。最後に、私がギャンブルに勝利した場合にも何か特典が欲しい」

「ご、強欲」

「当然の要求だと思うんだが。取引を円満に成立させるには、まず品物が良質であることを見せてくれなくては始まらない」

「――ああ、もうっ」

 苦虫を何匹も噛んで、さらに苦汁で流し込んだような顔をした神内が、頭を掻きむしった。マニキュアが取れるんじゃないかっていう激しさだ。

「分かったわ。その条件、飲んだ。もうこのあとは一切追加なし。ギャンブルであなたが負けそうになっても、あなたからさらなるルールの追加は却下よ」

「ありがとうございます」

 丁寧にお辞儀し、礼を述べる。

「それで、どんな情報を出してくれる?」

「話す前に断っておくと、私の話すことに証拠はないからね。信頼してもらうほかないの。それでもかまわない?」

 まあそこは仕方があるまい。いちいち未来に連れて行って、この目に見せてみろとはさすがに要求できまい。

「分かっている。信じるとする」

「どんなに突飛もないことでも、信じてちょうだいよ」

「くどいな。承知したと言ったろ。早く話を進めようじゃないか」

 両腕を開く動作をして促す。神内はいくつかあるネタの中から選ぼうというのか、ちょっぴり上目遣いになって時間を取った。程なくして、口元に笑みを浮かべる。

「決めたわ。これなんかちょうどいい。あなたにとっても、私にとってもね」

「そちらにとっても、だと?」

 意味深な言い種に引っ掛かりを覚えたが、もう止める手立てはない。神内が口を開く。

「現時点で天瀬美穂に降り懸かる危機は残り一つだけだけど、今後、あなたのちょっとした行動の取りようによっては、もう一つ増えてしまう」

「何?」

 聞いてないぞ。前と状況が変わってないか? 日々の小さな出来事が積み重なって、違ってくるものなのか。わずかな角度でも方角を違えると、最終的には大きなずれが生じるというが。

 疑問が湧き出したが、それらの確認を取ろうとした矢先、神内は私にとっての爆弾発言を投げて寄越した。

「それは六谷直己に関する行動だから気を付けて――これでどうかしら」

「……」

 どうかしらと問われても、すぐには返せなかった。

 また六谷が天瀬の危機に絡んでくるのか? それも私が六谷のことで起こす行動が原因で?

「前言撤回したくなったよ」

 動揺を押し殺し、私は恐らく薄ら笑いを浮かべていたと思う。

「まさかここでまた六谷が関係しているなんて、信じがたい」

「でしょうね。でも信じてもらうほかないのよ」

 信じづらい理由は、六谷から影響を受ける頻度がやたらと高いと感じたためだが……そうでもないのかな。私とあいつとはこの時代にとって未来から来た異分子であるという点で共通しているから、二人の間のやり取りが二〇〇四年という過去に影響を与えやすいのは不思議でもなんでもない、と考えるべきなのか。ただ、影響を与える対象が天瀬に集中している気がしないでもない。

「情報の内容としては満足が行くものだったと思うのだけれど」

「ああ。せいぜい注意を払うとするさ。そちらにとってもちょうどいいという意味が分かったよ。出せる情報はいくつかあるみたいだったが、その中から選んだのがこれっていうことは、私を動揺させる狙いも果たしたんだな?」

「解釈はご自由に。満足したってことは、取引成立したと見なすわよ」

「ルールの追加か。そうだな、追加するルールの内容次第かな。私の勝利確定だったのを、そちらに有利なルールにされてはたまらない。認められるのはせいぜい五分五分までだな」


 つづく

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